丸安毛糸流、独自発信の系譜

スワッチ

2月27日に、丸安毛糸株式会社 、パーソルキャリア株式会社 クリーデンス事業部、シタテル株式会社の3社共催で、丸安毛糸ニットセミナーが都内で行われた。ファッションデザイナーやアパレル企業の生産管理担当でも、専門でない限りニットについて学ぶ機会は意外と少ないということから、昨年のセミナーでも大きな反響があったため、二回目の開催だ。

丸安毛糸が独自発信に力を入れ始めたのはここ10年ほどのこと。合同展示会への出展や既存クライアントとの関係構築に加えて、東京・両国に拠点を置く会社として自社展示会を始めたのが8年前だ。現在では、年に2回イタリア・フィレンツェで開催される“糸の祭典”ピッティ フィラーティに出展。日本から出展する数少ない企業として、現地で見た最新トレンドを咀嚼し、洋服に落とし込むためのセミナーにも注力してきた。発信力を強化し始めたタイミングで丸安毛糸へ入社した29歳のヤーンアドバイザー佐野さんはこう語る。

ヤーンアドバイザー佐野貢士さん

「自分が得意とする素材について自らが発信をし、開発にも携わる。そんな体制が構築され始めました。展示会場もただ見せるだけでは面白くないからと、POPや招待状にこだわるなど、糸屋らしからぬこだわりを見せていたと思います」(ヤーンアドバイザー佐野貢士さん)

もう一つ、同社の面白い発信施策が2014年にスタートした「丸安毛糸ブログ」「KNIT LABOブログ」という二つのブログメディアだ。ニットのウィキペディア”をコンセプトに20人以上いる社員全員が定期的にブログを更新する。ニットに関するビジネス向け・消費者向けの情報がメインだが、経理や人事による会社経営にまつわる小ネタなどを交えて週に5本程度のコンテンツを出し続けているという。

ニット糸

目指したのは、ニットについて検索した時にブログが出てくる状態。だからこそ当初は数にこだわって記事を上げ続けた。5年以上が経過してようやく効果が現れはじめたようで、最近ではブログ経由で企業を知ってもらったり、商談につながるケースも出てきた。コンテンツを見て悩みが解決するのではなく、コンテンツをきっかけに丸安毛糸に人があつまる好循環を生み出したのだ。

糸を通じてデザイナーと対話する若き“ニット伝道師”

前述のヤーンアドバイザー佐野さんは“伝道師”といいながらも、メインの業務内容は糸の営業。普段は自らが提案する糸をアパレルメーカーやニット工場に持っていくのが仕事だ。しかし、ここでも“ニット伝道師”らしい工夫があるという。

ニットパターンサンプル

「単に糸見本を見せるだけでは伝わりづらいこともあり、素材の特徴を生かした斬新な編地を作ったり、使い方が思い浮かぶようなサイズのサンプルを用意したり、企業のアイデアをくすぐるような提案を心がけています。編地のデザインをしているような感覚ですね」(佐野さん)

糸屋は営業方法だ、と佐野さん。取材時には19年秋冬にヒットしそうだという一押しのコーデュロイ素材について熱心に紹介してくれたのだが、まさに伝道師たる所以がここにあると感じた。糸屋である以上、糸を売ればそれで仕事は完了なのだが、場合によっては提案した編地が複雑すぎて、工場から編み方について相談を受けることもあるという。そういう場合には編み図を作って丁寧に説明をする。

ヤーンアドバイザー佐野さん

「私はもともとファッションが好きで文化服装学院へ進学したのですが、周りの熱量に圧倒されてしまい、自分の道を見つけようと特にこだわりなく選んだのがのニットデザイン科だったんです。でも勉強や制作を通じて編むことは嫌いじゃないと思いました。その時、僕は何かをデザインしたいのではなくて、洋服や糸、編地という共通言語を使って人と話をすることが好きなんだと気付いたんです。だから、卒業後はニットというチャンネルでものを考える仕事を探して、この会社に出会いました」(佐野さん)

業界が一丸となって服の可能性を広げたい

そんな佐野さんがニット業界へ入って気が付いたのは「アパレル企業の中で、ニットについて詳しい人が減っている」ということだった。「反対にこれはチャンスだ」と感じた。そんな佐野さんに今後目指すことを聞いてみた。夢物語だが、と前置きした上でこう語った。

今後の展望について語るヤーンアドバイザー佐野さん

「時代とともにアパレル業界がシュリンクしていく中で、われわれが素材を売る相手がニット工場であることは変わらない。だからこそ、業界全体が一丸となって、新しいニットの可能性を最終消費者に提案していくような体制にしていきたいんです。まだまだ道半ば。やれることは沢山あります。単なるBtoBの下請け会社ではなく、アパレル企業までが一緒になって、業界対消費者という広義のBtoCでモノゴトを考えれば、新しいスキームが生まれるんじゃないでしょうか。これは決して社内だけで完結できる話ではありません。事実、糸屋も数多くありますが、それぞれ強みがあって、みな競合であるだけとは感じていません。僕と同世代で頑張る人たちも各社にいて、仲間としての輪を作っていきたいと思います」(佐野さん)