独学で刺繍を続けて早7年。“ヘタウマ”に留まらずアップデート
「もう、今は毎日楽しいですね」。そう話す取材冒頭の口調から活動の充実ぶりが伝わってくる。そんな上田さんが手がけるアイテムは、ちょっとしたユーモアや手刺繍ならではの温かみが感じられるものばかりだ。刺繍を施すのは主にキャップやハット類。ほかにTシャツやスウェットのアパレルはもちろん、依頼があればキャンバスなどにも行うという。
「ちょうど今朝もひとつ仕上げてきたばかりです。最近、取り入れてみたのはビーズ。何かを参考にしたというよりは、ふと思い立ってやってみた感じです。ビールの泡などはいい感じに表現できたかな。とにかく『いろんなことを取り入れてマイナーチェンジしていかんと』という焦りは常に持っています。見た人がくすっと笑ってしまうようなものを作りたいなと思ってやっています」
心から楽しいと思って取り組んでいるからこそ、いろいろなアイデアが湧いてくるのだろう。見方によっては、刺繍を通じてちょっとした大喜利をしているようにも見える。「そんな大それたものじゃない」と本人は謙遜するが、従来の刺繍の枠には収まらない仕掛けを施した作品もある。
「オムライスの刺繍をして、糸を引っ張ったらケチャップが出てくるとか。そんな刺繍をやってみたこともあります。確かにそういうアイデアは大喜利に近い感覚があるかもしれないですね。反応もかなりいいですし、特に子どもはめっちゃ喜んでくれます。ただ購入に繋がるかと言われれば、また別だったりしますけど(笑)」
この投稿をInstagramで見る
糸を引っ張ると瓶の先からはケチャップが…。動画じゃないと伝わらない刺繍というのも斬新だ
2017年頃から始めてもうすぐ7年近くになるという刺繍は基本的には独学。初期のものと見比べてみると、表現のクオリティが進化しているのも見逃せないポイントだ。
「365日ちくちくやってるので、そりゃ上手くもなります(笑)。手持ちの武器が増えたというかね。最初は友だちに“ヘタウマ”という言い方をされたり、ショップさんのキャッチコピーでそう書かれることもありました。でも最近『上田さん、もう下手じゃないよ』と言ってもらえる機会があったんです。もうヘタウマという表現には当てはまらないよと。逆に上達してきたせいで『実はミシン使ってるんやろ』といじられるくらいです(笑)」
上田さんならではの作風とは? 大事にするのは「説明し過ぎない」こと
刺繍のモチーフにするのはイラストだけに留まらない。客から人気があり、上田さん自身も気に入っている作品の中には、”言葉シリーズ”なるものもあるそうだ。
「最初はインスタのストーリーズで『あなたにとっての名言ありますか?』と募集してみたんです。立派な名言を色々と送っていただいたんですけど、いざ刺繍してみると全然面白くなくて(笑)。それなら本当にどうでもいいフレーズはどうかなと。誰もが言ったことあるような、聞いたことあるようなフレーズ。そう思って刺繍してみたシリーズです」
この投稿をInstagramで見る
「男女が居酒屋に行って夜11時くらいに店を出た時、男は2軒目に行きたい。とりあえず向こうの反応を見るための一言というイメージです(笑)」
「まあ若干の皮肉も込めているんですけど、僕の中では結構いい線を突いたフレーズかなと。でも意外とそう受け取らない方もいるんですよね。自分が酔っ払ってしまった時に友だちが本気で心配してくれる言葉として捉えたり。『わたし、すごくこれ言われるから欲しいんです』と。なるほど、素直にそう受け取る人もいるんやみたいな」
このシリーズに限らず、普段インスタにアップする際に作品の詳細を語ることはしないという上田さん。それはお客さんが自由に想像すればいいこと。作り手の着想や過程がどんなものであれ、世に出してみないと客の受け取り方は分からない。それは刺繍も漫才も同じなのかもしれない。
「ある意味では、猫を刺繍したキャップを犬だと思って手に取ってくれてもいいんです。僕は好きなミュージシャンの顔を刺繍したつもりだったけど、親戚のおじさんに似てると思って買ってもいい。その人にとっては、もう親戚のおじさんのキャップですから。刺繍を教えるワークショップなどを開催していると、正解や不正解を早々と決めたがるお客さんが多い気がしますが、僕自身はあまり正解を決めつけたくない。そんな姿勢だからこそ、今日まで続けてこれたのかもしれません」
この投稿をInstagramで見る
「女の子の家に泊まりに行った時に言われたいやつ。でも買ってくれた人に聞くと『お母さんによく言われるフレーズだから買ってみました』と。『確かにそのパターンもあるか!』みたいな(笑)」
「何かをやめる必要はない」。自分の可能性である手刺繍にこだわり続ける
そもそも上田さんが刺繍を始めたのは7年前。当時付き合っていた彼女に振られたショックを紛らわすために始めたのがきっかけだと話す。現在はショップからのポップアップの依頼が途切れないほどの人気だが、今に至るまでにはお笑い芸人としての焦りや葛藤が長く続いた時期もあった。
「当時は『このまま誰からも気づかれずに死んでいくんかな?』と本気で思っていました。もちろんお笑い芸人として売れることを目指してずっとやっていますけど、辞めているのか続けているのか分からない時期はずっとありました。ちょっと流れが変わったのは、2017年頃に開催されたスニーカー芸人のライブ。皆さんが褒めてくださったので、『よし、この方向や!』とか思いながらね。実は刺繍も失恋を忘れるという理由以外に、ライブの物販に繋がらないかなとも考えていました」
そんな目論見もあった上田さんに初めてポップアップの依頼をオファーしたのは、ユナイテッドアローズ系列のROKU(ロク)。渋谷キャットストリート店で行われた2日間で入った注文は80件以上あったそうだ。
「そんな数の受注をもらえると思ってなかったから、当時はまだアルバイトしてたんですよ。何なら明日からバイトあるぞと。納期も半月後にしてしまっていたので、かなりタイト。バイトを休ませてもらって何とか納品しましたね。結局はいつものアルバイト代と同じくらいの金額だったのですが、自分が作ったもので稼いだという意味では格別でした」
初めての依頼があったのは刺繍を始めてから、たったの半年後。そこから現在に至るまで途切れることなく、声がかかる状況だ。刺繍を本業にするという発想はなかったのだろうか。
「僕にとってはずっとアルバイトしながらお笑いをやっているのが当たり前なので、本業や副業という区別はあまりないんです。今は新しい可能性が増えたというイメージで、ちょっとこれに力入れようみたいな感じですね。『別に(お笑いも)やめる必要ないやん』と。それは僕に限らず、どの職業の人も今の仕事をやめずに何かができる時間はあるんじゃないのかなと。 僕は『お笑い以外にも何か武器を見つけないと勝たれへん』とずっと感じていたので、なおさらそう思うのかもしれません」
ショップやお客からの需要が上田さんの生産能力を上回っている現状でも、今のやり方を変えるつもりはないと話す上田さん。手刺繍ならではの手間も今は楽しめているのだとか。
「手刺繍なので、お店にまとまった数を卸すということはできません。まあ少なくとも今のやり方では、大金持ちにはなれないシステムです(笑)。でも手刺繍なのがいいと言ってくれるお客さんがいる限り、ミシンなどに移行する気はありません。そういう声はもうガソリンみたいなもの。その声があるから続けられます。キャップ類だけでなく、今後はもっといろんなものに刺繍していきたいと思っているので、注目してもらえたらありがたいですね」