堀田健一郎_ポートレイト

堀田健一郎VISUAL MERCHANDISING STUDIO代表取締役社長:国内「ルイ・ヴィトン」や「ドルチェ&ガッバーナ」、「イッセイ ミヤケ」などにて、ヴィジュアル・マーチャンダイジングの責任者を15年以上歴任。自身の販売職経験(スタッフ・店長)から得た「お客さま第一のヴィジュアル・マーチャンダイジング」をベースに、最前線で培った視点から「マーケティング」「店頭」「人材」をつなぐことができる「VM」を多角的にコンサルティング。現在、国内外を問わず、各方面から多くの支持を受けている

店舗の全てが検討領域。堀田社長の考える「VM」とは?

ー堀田社長の唱えている「VM」と、従来の「VMD」とは何が違うのでしょうか?

堀田:「VMD」は一般的に、”MDのビジュアル化”を指しています。これはMD=商品やその計画ありきの考え方で、実際に日本のアパレル企業の多くが、MD部の配下にVMDのチームがある、といった組織構造を取っています。

一方で、「VM」はより広い意味を持っています。もちろんMDをビジュアル化することも重要ですが、それはヴィジュアル・マーチャンダイジングの一つの側面でしかない。単に「ディスプレイ」を指すのではなく、マーケティング戦略の中のMDやSNSなどと同等にコミュニケーションの1つとして存在する、より柔軟かつ多様性のあるヴィジュアル・マーチャンダイジングが僕らが考えている「VM」です。

ーマーケティング戦略において、「VM」はどのような役割を担っているのでしょうか?

堀田:マーケティングの基本理論として、大きくは「新規客のリクルーティング」と「既存顧客のリテンション」の2つがありますが、「VM」は主に前者の役割を担っています。店舗を通りかかったお客さまに興味を持ってもらったり、来店してくれたお客さまが家に帰った後も「あの服はかっこよかったな」と感じてもらったりする。そのような、お客さまを囲い込んでいくための入店前〜退店後のデジタルとフィジカルを横断した実店舗での体験設計をしていくのが「VM」の仕事だと思っています。

検討領域はショーウインドーや什器の配置などに加え、お客さまが店舗で見るもの、感じるもの全てに渡ります。極端な話ですが、例えば店舗の電球が切れていたら、お客さまは「電球が切れているのにも気づかない、気を遣えないブランドなのかな」と思ってしまうかもしれない。他にも店舗内の音や香り、冷暖房の温度などもある。これら全てが「VM」の責任範疇なのかというと難しいですが、僕個人としては責任を負うべきだと思っています。

商品を綺麗に並べるだけでは意味がない。トップブランドが「VM」の考えを取り入れ始めた理由

ーそうした「VM」の考え方の重要性を堀田社長が感じたきっかけを教えてください。

堀田:もともと、従来型の「VMD」には疑問を感じていました。僕自身、アパレルで働き始めた20代の頃から「『VMD』とは、MDをビジュアル化することだ」と教わってきましたが、例えばショッピングモールなどでは、どの店舗も什器の配置などが同じで、商品が時期によって差し替えられているだけで、表現が均質化していた。純粋に「これがMDをビジュアル化するということなのか?」と疑問に思っていました。

そうした疑問を持ったまま、ルイ・ヴィトン ジャパンに入社したのですが、入社して1、2年後くらいの2013年に組織体制が変更され、ヴィジュアル・マーチャンダイジングのチームがMD部の配下からリテールマーケティング部の配下になりました。当時はとても斬新な考え方でしたが、同じような体制変更を行う欧米のトップブランドがいくつかあって。この時に、個人的に感じていた「VMD」への疑問が解消されましたし、今の「VM」の考え方の必要性を感じました。

堀田健一郎_会話

ーグローバルブランドが「VMD」から「VM」の考え方へ舵を切ったのには、何か背景があったのでしょうか?

堀田:2008年のリーマンショック、2011年の東日本大震災などは要因として大きかったのではないでしょうか。これらの出来事によって、新しいお客さまを増やすことの重要性がさらに増し、ブランドビジネスの戦略的に、このヴィジュアル・マーチャンダイジングにもスポットが当たったんです。既存の売り場でただ単純に商品を綺麗に並べるだけでは新規客を取れず、別の手法を模索する必要性が出ていました。

また、外資のトップブランドがこぞってポップアップストアを人通りの多い場所に出店するといった事象によって「VM」の考え方やミッション、リクルーティングに対するアプローチが広がっていきました。同時期にCX(カスタマー・エクスピリエンス)という言葉も重視され始めていて、CX向上の観点から、MDに基づいた「VMD」ではなく、マーケティングの一要素としての「VM」という考えが浸透していきました。

「VMD」の考え方から脱却できない日本の企業と教育機関

ーグローバルブランドを中心に広がった「VM」の考え方ですが、日本の企業には現在、どの程度浸透しているのでしょうか?

堀田:徐々には広がっているものの、「VMD」の考え方から変わっていない企業がまだまだ多いと思います。現に日本では現在、ほとんどのファッションブランドが「VMD」と呼称していますが、私はこの10年くらい「VMD」という言葉は使っていませんし、外資系のファッションブランドやその他領域のブランドのほとんどが「VM」と呼んでいます。SNSで「VMD」をハッシュタグ検索しても、ヒットするのは日本をはじめとする東アジア圏の投稿だけ。欧米は「VM」や「VISUAL」といった言葉を使っています。

企業だけでなく、専門学校でも未だにヴィジュアル・マーチャンダイジングの授業は「VMD」の考え方をベースとしていて、商品を綺麗に見せる手法の教育に終始し、店舗の中でお客さまがどう動くか、という「動線」に重きをおいた内容が多いと聞きます。

しかし、実際に企業の店舗スタッフの方に悩みを聞くと、「入店客数」と回答する方がほとんどです。つまり、本来は「いかにお客さまに来店してもらうか」といった「導く線=導線」を考える必要があるのに、「いかに店内を綺麗にするか」の方に相変わらず重きが置かれているんです。これも「VMD」と「VM」の大きな違いの一つです。

ーVMSでは企業や専門学校での「VM」の教育も行っていますが、そういった日本の「VMD」の考え方からの脱却を目指しているのでしょうか?

堀田:そうですね。「VM」と「VMD」の考え方が違うことを発信していくことも仕事だと思っています。そのために、企業のスタッフの方へほぼ毎日行っているVM OJTや文化服装学院をはじめとする専門学校での教育、自社で作った「VMSアカデミー」などを通じて、今の時代にあったVM=ヴィジュアル・マーチャンダイジングとは何かを伝えています。

また、「VM」のことを理解はしていても、ロジカルに説明できる人が日本には非常に少ないこともあるため、教育を通じて体系的に知っていくことで、「VM」を学んだ人が今後、会社の後輩の子などにも教えられるようになるのではないかと考えています。

堀田健一郎_ミーティング

店舗スタッフの能力やモチベーションの向上にも貢献する「VM」のポテンシャル

ー「VM」の実践や教育を行ってきた堀田社長から見て、「VM」のポテンシャルはどのような点にあると思いますか?

堀田:挙げるとキリがないのですが、1つは、お客さまへのコミュニケーション手法の一つとしてのポテンシャルがあります。VM OJTなどでも教えていますが、例えば店舗の前を通る時、右から通る時と左から通る時でその店舗を見るレベルにも強度がある。仮に右から通る方が店舗を見るレベルが強いのであれば、什器やマネキンを右から通る人向けに重点的に配置するなどの工夫1つで、来店客数も大きく変わってきます。

また、対お客さまだけでなく、対スタッフにおいてもポテンシャルがあると思います。僕がルイ・ヴィトンで働いていた頃、全国で1番の売り上げを出している店長の方はディスプレイ交換を100人近くいる店舗スタッフ全員で行っていました。ディスプレイ交換を通じて、商品の在庫を覚えてもらったり、販売が得意ではないスタッフの別の長所を見つけてキャリアパスを作ったりしていたんです。店舗にはそういった、スタッフの能力やモチベーションの向上にも一役買ったり、あるいは一緒に作業することを通じて「チームビルディング」に繋がったりといった素養もあると思います。

堀田健一郎_ルミネ

VMSが担当した、ルミネの2023年春夏シーズンのディスプレイ模型。「フィジタル ファンタジー(未知との遭遇)」をテーマに、「次の扉を開いて、現実世界から新しい世界へ」というコンセプトのもと、設計された。(JEKI/スーパーエジソン/VMS)

ー今は様々なデジタルツールも生まれており、店舗の作り方も変わっていると思います。そういった中で今後、「VM」はどのように変化していくと思いますか?

堀田:確かに、3、4年ほど前からデジタルとフィジカルを組み合わせた「フィジタル」という言葉も生まれているように、お客さまが店舗内でどのような動きをしているのか、といった導線解析などがデジタルの力によってより高速かつ高精度にできるようになったり、ARやVRと店舗を組み合わせた顧客体験が始まったりと、「VM」のあり方もデジタルを組み合わせることによって進化しています。まずは「VMD」という考え方・言葉から「VM」へと変容を遂げることが必要ですが、ゆくゆくは一部の先進的な企業が実践している「CXの中で、デジタルや店舗、『VM』をどうすべきか」といった考え方が他の企業にも広がっていくんだろうな、と思っています。

ただ、「VM」においては、どれだけデジタルが浸透しても、フィジカルは不滅です。僕らとしてもデジタルは時代に応じて取り入れつつも、常にフィジカルに視点を置き、店舗を作っていくことが大切だと考えていますし、これからもそうしていくつもりです。

コロナが落ち着き、街にたくさんの方々が繰り出されるようになりました。都心の店舗ではお客さまの入店数が増えた印象をどのブランドも持っていますが、実際は外国の方のトラフィックが増えているだけで日本の方のトラフィックは正直戻り切っていませんし、地方の店舗もまだ厳しい状況にあります。コロナ以前とは世の中が変わってしまいましたが、少しでも多くのお客さまに来店していただき、販売スタッフを通して買い物を楽しんでくれるよう、我々ヴィジュアルマーチャンダイザーはブランドの素晴らしい面を常にしっかり表現し、お客さまが売り場を心から楽しんでいただけるように、教育や育成を通じて「小売り」をサポートしていきたいと思っています。