『mateReco』立ち上げのきっかけは新入社員の一言だった
小松マテーレの新入社員たちは、入社後研修でグループを組み、自社の事業発展に活かすための研究を行う。そして研修の最後には、研究成果を役員に向けてアイデアを発表する場が設けられる。
2021年、エコに対して関心の強い新入社員グループが、小松マテーレの現状を鋭く分析したうえで、こうプレゼンした。「グリーンウォッシュではいけない。」
「“グリーンウォッシュ” という単語を新入社員が使っているのを見て、やはりしっかりと消費者に対して、『私たちは本当にサステナブルなんです』とお伝えできるような会社にしたい、そういう取り組みをしなきゃいけないと感じたんです。こうしたきっかけが、小松マテーレが胸を張って “サステナブル” と言える、『mateReco』というブランドの現在に繋がっています。」
そう語るのは、小松マテーレで現在、専務取締役を務める中山大輔氏だ。
1990年代からファッション業界の環境負荷に危機感をもち、行動してきた小松マテーレが、その知見や技術を「mateReco」という形に再編集したきっかけは、新入社員のフレッシュな意見だったのだ。
“サステナブル”のトレンドをどう見るか?
“サステナブル”、“環境配慮”といったフレーズは、ファッション産業にとって諸刃の剣でもある。
もしも私たち人間が身につける衣類を通じて、自己表現をするツールとしてファッションを捉えるならば、その選択肢は多彩であるべきだ。
その点、これらのフレーズはその選択肢に制約を与える側面があるという。
「環境配慮の認証や基準に対応していく中で、例えば素材として使用できない生地や染料が出てくる。より現場に近い話をすると、基準に対応していることを証明するためにレポートを作成するなど、消費者からはなかなか見えづらい部分で労力を要する状況もある。」(中山氏)
日々厳しくなる”サステナブル”の要求。こうした要求に応えながらも、多様性に富む提案をし続ける必要があるという点はファッション・ビジネス特有の難しさなのかもしれない。
こうしたトレンドの中、ファッション産業を支える素材メーカーの大手として小松マテーレは何を思うのだろうか?
「弊社はずっと環境に対する意識を持って事業を進めていました。そのなかで開発した技術を活用し、環境配慮・サステナブルなモノづくりをしながらも、多様な選択肢が示せることを、『mateReco』を通じて、提案していきたいと考えています。」(中山氏)
素材がエコ、加工がエコ、使ってエコ
環境配慮をすることによる制約面も存在するなかで、小松マテーレは妥協することなく「mateReco」のブランド展開を進める。
「これまで開発してきたサステナブルな素材や加工技術を複数組み合わせられるというのは、弊社の大きな強みです。一つの素材や技術が環境配慮されていても、もう一つが環境配慮されてないということになると、やはり本当の意味でのサステナブルは実現できない。」(中山氏)
小松マテーレが培った「mateReco」のベースとなる素材や技術は、すべて環境に配慮している。「mateReco」がファッションの原動力ともいえる多彩な選択肢を提案しながらも、加工時の水使用量削減やCO2削減等の環境配慮に成功している背景には、こうした素材や技術の存在がある。
「『mateReco』ではエコなモノづくりをすると共に、モノを買って使っていく人たちが商品を使いながらエコに貢献できるよう促しています。“素材がエコ、加工がエコ、使ってエコ” なモノづくりです。」と中山氏は語る。
この考え方こそが、『mateReco』のサステナブルの捉え方、そして在り方なのだ。
Onibegie/オニベジ:食堂の調理場で働く人の長靴がヒントに
「mateReco」が展開する多数のブランドの一つとして、まずは「Onibegie」(オニベジ)を紹介する。
「Onibegie」は廃棄されるものを有効活用し、付加価値を生み出すというコンセプトのもと開発された素材だ。廃棄物から由来する材料を染色に使うことで、新しく、目に優しい、温かみのある表情感を演出しているという。
しかし、天然色素で合成繊維を染めることは、製品化する上での堅牢度を保ちづらいことが高い壁となっていたと商品開発推進部長の西原 正勝氏は語る。
「ある日、社員食堂の調理場で働く方の白い長靴が黄色く変色していることに開発メンバーが気づいたんです。話を聞いてみると、カレーを作るときのタマネギの汁が付着して取れないということでした。それが開発の大きなヒントになりました。」(西原氏)
このストーリーが、廃棄されるタマネギの皮のエキスを染色技術に応用するという革命的な発見に繋がったのだ。(「Onibegie」の名前もタマネギからとられている。)
この発見を機に、廃棄予定のタマネギの皮を北海道や淡路島などから取り寄せ、タマネギから抽出したエキス、ケルセチンを活用し、現在は39色もの色を展開している。
「Onibegie」では、タマネギから抽出したケルセチンと、オリーブやお米の籾殻、使用した竹炭などの成分と化学染料を組み合わせる。加えて、品質管理や後加工を徹底的に行うことで、合成繊維の安定性を確保しながら、ハイブリッドなカラーを生み出しているのだ。
「Onibegie」を廃棄ロスの削減につなげる事例として、レストランから出たタマネギの皮や、家具の削りカスを受け取って、そのレストランのカーテンやファブリックを「Onibegie」の技術で染める取り組みを行っているという。
「ガメダイ」:ファッション産業の不 ”売れ残り” にアプローチ
次に紹介するのが、「ガメダイ」だ。
「ガメダイ」は、名前の由来にもなっている ”ガーメントダイ” (製品染め)によって既存の衣服をリカラーし、抗菌防臭や撥水、吸水などの機能も付加するサービスも行っている。
ファッション産業が生む ”売れ残り” を処分する環境負荷が叫ばれて久しいが、「ガメダイ」はこの ”売れ残り” に新たなアプローチをしている。
「どのように売れ残り在庫に対し付加価値を与えていけるのか、アパレルの在庫を減らすためにどう対応ができるのかと考えたときに、弊社の得意分野である製品染めの技術が活かせると考えました。」と語るのは、第1事業部で営業チーフをしている村田 遼介氏だ。
「ガメダイ」は製品染めによって、廃棄物削減に取り組むと同時に、原反では見せることのできない表情感や風合いといった付加価値を製品に与えているのだ。
また、「ガメダイ」は、ブランドの生産コスト面においてもメリットがある。合成繊維の生産ロット数(最低発注量)は比較的大きく、小規模のブランドでは発注が難しいケースがしばしばある。
そういったブランドが製品染め前の生地をストックし、「ガメダイ」の技術を使うことで、適時かつ適量に異なる表情のアイテムを生産することが可能になるのだ。こういったサービスが存在することで、ファッション業界の無駄を減らすことができる。
ROZAMINA/ロザミナ・KOMASUEDE/コマスエード:アニマルフリーレザーの可能性
最後に、アニマルフリーレザーの「ROZAMINA」(ロザミナ)と「KOMASUEDE」(コマスエード)を紹介する。
「ROZAMINA」は皮の銀面(表面)をイメージに、ソフトで最高級な合皮であるラム(羊)スキンの触感を目指して作られている。
「KOMASUEDE」は起毛感があり、弾力性とエアリーな風合いの高級感を生み出している。ちなみに「KOMASUEDE」に関しては、前述の「Onibegie」技術による染色加工が可能である。
リアルレザーは、生き物から採るため、品質のバラつきにより使える部分・使えない部分が生じてしまう。一方これらのアニマルフリーレザーは反物であるため、テキスタイルの生産時に無駄になる部分は抑えられる。
また、リアルレザーよりもストレッチ性があり、簡単にお手入れができる点、また、撥水やコーティングなどの後加工ができる点も、アニマルフリーレザーならではの価値となっている。
こういった新たな価値によって、商品展開も広がる。例えば、ポリエステルである「KOMASUEDE」はプリーツ加工が可能であり、面積の広い反物であるという利点も活かして、プリーツスカートを作ることも可能だ。
加熱する“サステナブル”の本質は何なのか?
環境への負荷が大きいファッション産業で、”サステナブル”は全てのアパレル企業が真剣に取り組むべき課題であり、多くの企業が、環境問題に関わる基準をクリアしたモノづくりを行っている。実際、世の中が良い方向へ流れているように感じられる。
一方で、その言葉はある種マーケティングのキラー・フレーズ化している側面もあるように思えてしまう瞬間も増えてはいないだろうか。”サステナブル”の本質とはいったい何なのだろうか?
「2000年にブルーサイン認証が制定されて以降、環境配慮に関する基準が欧米を中心に早いスピードで広がっている。それに伴って、消費者の意識も日々強くなっている。それがトレンドであろうがあるまいが、地球が悲鳴を上げていることが事実です。だから、地球を労わるようなモノづくりをする。これが本質です。」と中山氏は語る。
小松マテーレは「mateReco」のブランド展開を通し、徹底的に環境配慮やサステナブルに取り組む。小松マテーレにとってのそれはマーケティングの戦略ではなく、過去から培ってきた想いと技術の結晶であり、当然にもつべき意識の一種なのだ。
「何も作らないことが究極の”サステナブル”だ」――。そんな意見もあるが、個人の思想や時代感を反映し、文化的にも大きな意味を持って進むファッション産業には当てはまらないだろう。ブランドが日々提案する新しい選択肢や、その背景にあるメーカーによる供給の社会的な意義を決して忘れてはならない。
「小松マテーレが特に重要視するのは、適量生産による供給責任の達成です。」と中山氏は語る。
エネルギーやCO2負荷の低い素材を採用したテキスタイルを開発することは直接的に環境に配慮していると思える。だが、それが余ってしまっては結局、資源の無駄使いや在庫廃棄で環境に負荷をかけてしまう。そんな商品は本当にサステナブル、エコと言えるのだろうか。
だから小松マテーレは、作ったものは売り切り、廃棄ロスを生み出さないよう、適時適量で生産をする。生産数量の管理を徹底し、必要な生地のメーター数を“ジャスト”に作る。
こうした現場の努力に加えて、「mateReco」というブランドを通じてテキスタイルの新しい価値を消費者に伝えている。こうすることで、生地の価値が高まり、ビジネスを存続させて供給責任を果たしていく。
これが小松マテーレの考える”サステナブル”の本質なのだ。
今回の取材を通じて、『地球環境への強い想いとビジネスの両立』こそが、ファッション産業でいま求められる”サステナブル”の在り方なのではないかと感じた。