Diaspora Skateboards_小林

小林万里 (こばやし ばんり)
長野県松本市出身。早稲田大学社会科学部卒業後、PRエージェンシーに入社。2018年に独立し、フリーランスのPRプランナー、ビデオディレクターとして活動。
2010年、大学在学時に設立したDiaspora skateboardsのファウンダー。
同ブランドのフィルマーやビデオディレクターとしてだけでなく、ウェアやグラフィックのデザイン、クリエイティブディレクションに至るまで活動は多岐にわたる。LIBRO、ISSUGI、Fla$hBackS、KID FRESINO & C.O.S.A.、BIM、in-d、STUTS、SPARTAなど国内ヒップホップシーンのアーティストのMVも多数制作。

サークルロゴから辿るDiasporaの足跡。音楽をフックに全国区へ

ー改めてDiaspora skateboards設立のきっかけを教えてください。

設立と言ってもそんな大げさなもんじゃなくて、友だちとスケートビデオを作って、その試写会をやった日が2010年の2月19日なんです。そのビデオのタイトルが“Diaspora”。それが設立日ということになりますね。内輪というか、仲間内のクルーで活動していた名前です。ビデオを撮ったらTシャツも作りたくなって、Tシャツを手摺りで刷ったのがアパレルとしては一番最初になります。

ー小林さんの活動の軸はフィルマーやビデオディレクターだと思うのですが、2020年にリリースしたフルレングスビデオ「SYMBIOSIS」までには10年の期間が空いたようです。その間はどんな活動をされていたのでしょう?

最初の試写会の上映を終えた時は正直燃え尽きたというか…。もちろん、次も作ろうという話を仲間内でしていたのですが、自分の中ではひとつの目標を達成した感もありました。ちょうど大学を卒業して、PR会社に就職するタイミングだったこともあり、時間的な制約が出てきたのもあります。他のメンバーは服屋で働いたり、スケートショップに就職したり。あまりサラリーマンになるメンバーはいなくて、環境が違ってきたのでやや疎遠になった時期もありました。僕はDiasporaのメンバーとして時折スケートや撮影をしたりしつつ、別でMVの仕事なども依頼されるようになりました。

僕個人として最初に撮影したMVはFla$hBackS(※1)というグループだったんですけど、それがめちゃくちゃ再生されたんです。自分で初めて作ったMVだったので、自分が所属するレーベル名も載せたくて、映像の最後にDiasporaのロゴを入れてもらいました。「入れてもいい?」みたいな感じで。その結果、ロゴが認知されて広まっていったのは覚えてます。彼らには普通にDiasporaで作った服もよくあげていたんです。ルックのモデルとして出てもらったり。そうすると僕らもFla$hBackSの界隈みたいな感じで認知されていきました。

(※1)Fla$hBackS(フラッシュバックス):JJJ、KID FRESINO、Febbの3名による国内のヒップホップユニット

ー確かにMVの最後にクレジットされていましたね。あの見慣れないギリシャ語のサークルロゴを初めて見た時はちょっと衝撃でした。

元々Diasporaという言葉がギリシャ語なので必然的にギリシャ文字を使ったんですよね。文字の形も面白いなと思って。何て書いてあるかは読めないけど、「何これ?」みたいな感じにはなりますよね。そのタイミングでJazzy Sport(※2)とコラボのTシャツも出させてもらったんですよ。それもきっかけはFla$hBackS。ちょうど僕が学芸大学の五本木に引っ越したこともあり、お店に挨拶に伺った時に店長のガクさんと仲良くなって実現したんです。ロゴを気に入ってもらってたので、「Tシャツとか一緒にどうですか?」と提案してみたら、快諾してくれて。それがまた話題になりましたね。なので、音楽の方面からうちのブランドを知ってもらったというのは大きいです。

Tシャツが売れ始めて全国に欲しい人が出てくる状況になったので、買ってもらいやすいようにECサイトを作ったのもその頃。それまではインスタで欲しい人DMくださいという感じでやっていました。ちなみにスケーター界隈からはTシャツが売れ過ぎていたせいか、“Tシャツ屋”とディスられていたみたいです。「あいつらTシャツばっか売りやがって」みたいな。正直、僕らもプロみたいに上手い訳じゃなかったし、少し心を傷めていた時期もありましたね(笑)

(※2)Jazzy Sport(ジャジースポート):東京、盛岡、京都に店舗を構えるレコードショップ兼レーベル。

Diaspora Skateboards_ロゴ

PURRBS店内の試着室前には、同ブランドのマジックサークルロゴが鎮座。246の通りからも見える位置にあるため、ショップの顔の役目も果たしている

ーそんな風に一部から見られていたのは意外です。今ではその頃よりウェアのラインナップも豊富な印象がありますが、ウェアブランドとしての本腰を入れたのはいつからだったのでしょう?

本腰を入れたという意味では、法人化した2020年あたりです。そのタイミングからプリントものだけじゃなくて、オリジナルのアパレルもしっかり展開していこうとなりました。ウェアブランドとして本格的に取り組むようになって、誰に一番着てもらいたいかを考えると、やっぱりスケーターだったんです。スケーターに選ばれないスケートブランドはやはり説得力がないというか。もちろん、スケーター以外の人に着てもらえるのはすごくうれしいし、いろんな人に褒めてもらえるのもありがたい。でもスケーターが着ていなかったら、スケートブランドとしてはどうなのかなと。

さすがにスケーター全般の評判までは気にしませんが、お店を構える駒沢のスケーター達はどう反応するのかなというのは気になります。うちが得意な音楽の要素や、ファッションブランドをやっている友人達とのコラボなどは、僕らの付加価値なんですよね。スケーターに向けて発信しているというベースはあるけど、うちのオリジナリティはそういうところにあるんだというのは最近になって気づけた部分でもあります。

その意味では、スケートと並行して雑誌のBoonを読み漁ったり、いろんなファッションブランドの服を手に取ってきたのが今に繋がってきているのかなと。ちなみに、昔はbal(※3)が好き過ぎてプレスになりたいと思っていたんですよ。中学生の頃、どうやってなるのかは分からないけど、将来の夢はbalのプレスと言っていました(笑)

(※3)bal(バル):前身は1999年にスタートした「balanceweardesign(バランスウェアデザイン)」。2003年に改名。学芸大学に構える実店舗はJazzy Sportの真横にある

Diaspora Skatebords_Boon

今でも店舗裏の事務所にストックしているBoon。スケート雑誌だけでなく、アメカジや裏原宿系のウェアにもアンテナを張っていたという小林氏。今でもたまに読み返すことがあるそうだ

ーDiasporaといえば、シーズンごとのコラボアイテムも魅力的です。特に昨今人気が再燃しているUMBROと初めてタッグを組んだのは2018年。相当早かった印象があります。

あれは他のメンバーがビームスさんと話している中で実現したコラボですね。僕自身はそこまでサッカーに詳しい訳じゃないんですけど、タイミングとしてはすごく良かったと思います。あの時はどこもUMBROとコラボなんてやっていなかった。早すぎるデザインは売れないなんてよく言われますけど、それでも“早さ”というのはすごく大事。幸いなことにUMBROはかなり好評だったので、やって良かったですね(笑)。「あ、そんなところと一緒に組むんだ」と思ってもらうような仕掛けは常に考えています。次の春夏もまだどこもやっていないようなブランドとコラボする予定なので引き続き注目してほしいですね。

 
 
 
 
 
この投稿をInstagramで見る
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Diaspora skateboards(@diaspora_skateboards)がシェアした投稿

過去数回に渡って行われているUMBROとのコラボ。2022年には小林さんが敬愛するbalを交えたトリプルコラボのコレクションを披露した

 
 
 
 
 
この投稿をInstagramで見る
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Diaspora skateboards(@diaspora_skateboards)がシェアした投稿

スケーター以外にもDiasporaの名を刻みつけたのはGAPとのコラボレーション。2017年〜2018年に3度リリースされた

「初めて自作したTシャツが誇らしかった」。高校生の頃の原体験とは

ー小林さんがスケートやファッションに興味を持ったのはいつ頃からだったのでしょうか?

スケボーを始めたのは中3の夏からですね。ちょうど中3の夏にバスケ部を引退したので、やることがなくなったんですよ。その頃からファッションはめちゃくちゃ好きでした。それこそbalとかHECTICとか。その頃、好きなスケーターが雑誌に出ていてこういう格好したいなって思っていた時に、スケートブランドというものがあることを初めて知ったんです。それと同時に、スケートしないのにスケートブランドを着るやつはポーザーと言われて馬鹿にされるらしいという情報も伝わってきました。そうなるともうスケボーやらなきゃと。たまたま隣のクラスにスケボーやっているやつがいるらしいというのを聞きつけたのが、今もDiasporaを一緒にやっているハカセ(※4)だったんです。

(※4)ハカセ(小林俊太):Diasporaのファウンダーのひとり。2020年4月に長野県松本市にてcanola skateshopをオープン

ーハカセさんといえば、2020年のビデオ「SYMBIOSIS」の最後のパートは最高でした。

あれはもう試写会やった時に泣いている人もいました。あのシーンがなかったら普通のスケートビデオだったと思うんですよ。あのシーンがあることで、Diasporaの思いやスタンスを明確に打ち出せたかなって思います。あのシーンも当初はハカセにボツにして欲しいと言われていたんです。でも僕は絶対入れたかったんですよね。

17分36秒付近のパート。早く撤収するよう語気を荒げる警官に「あと3回だけ」と懇願するハカセさん。結果、3回目に見事メイク。張り詰めた空気が緩んだ中、警官がぼそっと「成功おめでとう」とハカセさんをねぎらった

ー小林さんはハカセさんと出会ってからずっとスケート漬けだったのでしょうか?

そうですね。高校に進学したら、部活代わりに体育館の下で放課後スケートしていましたね。ピロティという名前のスペースがあったんですが、やがてそこでのスケボーは禁止になったんです。ただ、スケボー同好会を作ればいいというのを聞きつけて、めちゃめちゃ署名集めました。友達みんなに協力してもらって、その他にも声をかけて全校生徒分くらいの数を集めて申請を出したんですよ。そしたらスケボーはスポーツじゃないのでダメですと(笑)。しょうがないので学校はあきらめてストリートで滑り出しました。

そこで大人との出会いがあって、服のこととか音楽のこととか、色々教えてもらって育ってきた感じです。松本のパルコの前に公園があって、夜になるとスケーターとかBMX乗るやつが集まってくるんです。僕らは高校生だったので、最初はすごく馬鹿にされてましたね。あいさつしても返事してくれないみたいな(笑)。でも通っていくうちに溶け込んでいきました。

Diaspora Skateboards_会話1

ーそういう場所でいろんな大人とコミュニケーションを取れるのは、振り返れば貴重な経験ですよね。

そうですね。初めて自分たちのチームのTシャツを作ったのもちょうどその頃でした。その時は家庭用のプリンターで印刷してアイロンの熱圧着でプリントするやつ。「プリントTってこうやって作るんだ」みたいな。さすがにまだDiaspora名義ではなかったです。今みたいにSNSもなく、情報も出回ってなかったんで、やり方が分からないんですよね。

電器屋さんに5枚入りの転写紙が売っていて、それにプリントして切ったものをアイロンでプリントしていました。今振り返るとDIY的なやり方でよくやっていたなと思いますね。発色も良くないし、色も薄いしで今考えればしょぼいんです。それでもすごく誇らしかったですね。自分の考えたロゴが服になる経験は初めてだったので「めちゃめちゃうれしいな!」と思ったのをよく覚えています。

ーDIYというのもある意味スケーターらしい手法です。それが今に通じる小林さんの原体験とも言えそうですね。

そうかもしれないですね。そういえば、高校の時からビデオを撮って文化祭で発表もしていました。完全にモテたい願望から来たビデオ制作なんですけど(笑)。サッカー部はバンドとかやってめちゃモテてるじゃないですか。自分は部活ないから何も発表するものないじゃんと。高校の生徒で一緒に滑っているのは僕ともう一人だけだったので、ハカセら他校の生徒にも出てもらってスケートビデオを撮りました。しかもスケート禁止になったピロティで上映して。僕はスケートやるなら映像も撮らければいけないもんだと思っていました。

ー滑るだけでなく、撮るという発想がその頃からあったんですね。

松本のパルコの中にあるムラサキスポーツで、スケートビデオがずっと流れていたんです。みんなで観てからパルコの前の公園に滑りに行くみたいなルーティンができていました。高校生だとなかなかビデオも買えないので、ずっとタダで観て、ああでもない、こうでもないと仲間内で話すんです。ビデオを観た後はテンションが上がっているので、もう全部のトリックができるんじゃないかと思い込んでいました。滑り出すと自分との落差に傷付くんですけどね(笑)

根底にあるのは作り手としての“誠実さ”。小林万里のモノ作りにおける方法論

ー話を伺っていると、署名集めやTシャツ作り、ビデオ撮りなどご自身が「やってみたい!」と思ったことに迷わずトライする姿勢を感じます。デザインや映像など、複数の領域のアウトプットをする上ではどんなことを意識しているのでしょうか?

僕はカテゴリーに関係なく、情報を収集する作業が好きなんです。例えば普段のニュースを見るのもそうですし、スケートに限らずいろんな映像をチェックするのも苦になりません。それも無理してやってる感じではないんですよね。そういう情報をインプットしまくっているとグラフィックを考える時とかにポッと出てくるんです。アウトプットするためにはインプットするしかない。グラフィックを作る時に考えていたことをビデオに活かしたり、その逆もあります。いろんなことをやる上で、領域をまたいで考えるようにしていますね。

あとは物事を批判的に見るようにする視点でしょうか。誰かの言うことを頭から否定するのとはまた違って「自分ならどうするかな?」と意識しながら見てみる。自分がかっこいいと思うものに対して「なんでかっこよく見えるんだろう」と分析したり。情緒的な部分だけでなく、論理的な部分というか。それが元々の癖なのか、後から身についた習慣なのかは分からないですけど。

さらには、自分にとってのかっこいい基準があるとして「自分がかっこいいと思う人がこれを見たらどう映るかな?」という視点もあったりします。それはただ人の視線を気にするというのとは、また少し違うと思うんです。自分だけの感覚と自分が好きな人の感覚をどこかでチューニングして作っている感覚はありますね。

Diaspora Skateboards_アートワーク

ーかっこいいものを作るというのは抽象的かつ主観的なので難しい行為ですが、そんなことを考えているものなんですね。

一概には言い切れないので難しいですよね…。あとはあれかな。作り手として誠実かどうか。誠実に作っているかどうかは常に自問しています。それが一番根底にあるかもしれないですね。それは「お客さんを馬鹿にしてないか?」ということに通じると思います。

例えば、数年前にアメリカのインディペントなスケートブランドがリリースして人気になったグラフィックがあったんですけど、それを少しいじってリリースした国内のブランドがありました。確かに「それっぽいもの」は売れるかもしれないけど、それはお客さんを「こういうのでいいんでしょ?」と馬鹿にしている行為だと思うんです。さらには元のスケートブランドのことも馬鹿にしている。イメージ写真にスケートボードを立てかけていたりするのを見る限り、スケートカルチャー全体のことも馬鹿にしている感じがして、本当に良くないなと思ったんですよね。

それを一言でまとめると、誠実な作り方じゃないなと。普通のビジネスとして考えれば、ちゃんと売れるものをたくさん生産しなきゃいけないのは分かります。Diasporaの規模だから貫ける話なのかもしれない。でも、すごくお金を稼ぐということよりも、かっこいいと思うほうを大事にしたいというのは常にベースにありますね。

今だから感じる“PURRBS”という店の存在意義。「こういう場所が求められてた」

ーそんなDiaspora skateboardsのアイテムがフルラインナップで揃うPURRBSはオープンして間もなく1年です。今改めて説明していただくなら、どんな店なのでしょうか?

なかなか特殊な店だと思うんですよね。場所柄、目指して来てくれる人しかいないんですよ。でもそれで全然いいなと思っています。服屋ではあるけど、普段はめちゃくちゃ中高生が溜まっているので、普通のお客さんが来たら「何この店?」となるかもしれません。僕自身も学校が終わって行く場所がない時、スケートショップやパークがあってよかったなと今になると思うんです。それがなかったら行く場所もないし、もしかしたら人生がもっと悪い方向へ行っていたかもと考えたりもします。

ー今、店に通っている10代の子たちがPURRBSの店内でずっとビデオを観ている光景も、かつての小林さんの体験を受け渡していると言えるのかもしれません。

そうかもしれないですね。あいつら、普通にカップラーメンを食いながらビデオ観てますからね。店内の匂いすごいな、みたいな(笑)。お金がないからたまにしか商品も買わないし、なんならB品くださいとせびってくる。でもそれでいいと思っているんですよね。彼らを見ていると面白いし、考え方の違いも勉強になるので、何も言わないことにしています。さすがにカップラーメンを食べている時にお客さんが来た時だけは「ちょっと裏行ってて」と声をかけますけど。

Diaspora Skateboards_ビデオ

ーその若い世代はDiasporaのウェアにどんな反応を示していますか?

うちのサークルロゴも未だに若い世代は新鮮に思ってくれているみたいです。特に20歳前後の子だと、もうDiasporaの初期を知らないんですよ。僕らが思う以上に彼らはDiasporaのロゴが付いたアイテムを欲しがってくれますね。逆に僕ら世代はロゴものを今さら着るのは少し気恥ずかしい年齢でもあったりします。なので、30代の僕らがリアルに着れそうなアイテムはロゴを控えめにして、若い子が好きそうなアイテムにはしっかりロゴを入れる。そんな強弱は付けていますね。自分もお金がない中高生の時は、ロゴが入っていないアイテムなんか買う意味ないと思っていたんで(笑)。

なので、単純に価格帯で出し分けている部分もあります。若い子でも買いやすいTシャツなどはしっかりロゴを入れるけど、素材やディテールにこだわった分の値段が上がってしまうアウター類などは控えめにしたり、無地にしたり。フリースJKTも3万くらいと安くはないので、胸元のラバーパッチ程度にするバランス感というか。デニムは割りと若い子向けかもしれません。結構がんばって1万6000円程度に抑えています。

Diaspora Skateboards_Tシャツ

2002年にリリースされたNelly ft. Kelly Rowlandの「Dilemma」のMVのタイトルフォントをサンプリング。蛍光インクを使用したY2K感がたまらない

Diaspora Skateboards_ジャケット

(左)森林管理人用のジャケットをモチーフにしたキルティングのワーデンジャケット。見た目以上の収納力が魅力の一着(右)ブランドのキーカラーであるライトブルーの色味で統一したフリースジャケット。胸元にはロゴ入りのラバーパッチ付き

Diaspora Skateboards_デニム

ブランド設立日である“219”をモデル名に冠したバギーフィットデニム。ウエスト後部のみにエラスティックバンドを配して快適性を確保している

ーオープン前から若い世代のお客さんにも発信していくという意図はあったのでしょうか?

オープンする前は誰かのためという視点は正直そこまでなかったんです。ただ、スケーターとちゃんと会話できる場所が欲しいなと思っていたのは事実です。若い子のための店作りという発想は持っていなかったんですけど、オープンしてみたら若い子がめちゃくちゃ来てくれるので、「あ、こういう場所求められてたんだな」というのは実感しましたね。今では、彼らに「ビデオ撮ってみなよ」とか「ここで試写会やろうよ」とか声かけたりしています。そういう機能もこの店にはあるのかなと。

彼らにはとにかく色々やってみてほしいんですよね。僕も最初にできたことはビデオの編集くらいでした。Fla$hBackSのMVの時だって、声を掛けられてから新しいカメラを買いに行ったくらいです。今は服のデザインも手がけていますが、デザインと言うより、過去のアーカイブや自分のネタ帳のアイディアから足したり引いたりする編集の作業だと捉えています。写真も撮るし、グラフィックも作る。やるしかない状況を作って、とにかく手を動かしまくる。そうすると、何かしら形にはなるじゃないですか。

お店に来る若い子からも「グラフィックやりたい」とか「ビデオ撮ってみたい」とか言われるんですけど、とにかく何か安くてもいいから機材を買って、自分がかっこいいと思う作品を何度も見て、真似しながらでも作ってみないと分からないよと言っています。最初は友達からでもいいから誰かに仕事をもらって期限までに作る経験をしないと、一生やらないよと。

Diaspora Skateboards_会話2

ーいろんな領域のクリエイションに当てはまる話です。

そうしていると何かモノはできるじゃないですか。そうすると、僕もここはこうしたほうがいいとかのアドバイスもできるし、本人の中でも気づくことが出てくる。そういうことをしないで、ただやりたいと口にするだけの若い子が多いような気はしています。とにかく何か手を動かしてみなよと。いつの間にか使えるようになっているからって。

僕自身も前職のPR会社を辞めた頃は、イラレ、フォトショも全く分からなかったレベルでしたが、色々いじっていると何かが出来上がるんです。僕は自分に自信があるタイプではないので、自分のアウトプットに対しても批判的に見る癖が付いている。「こっちのほうがかっこよかったかな?」という検証を今まで延々としてきたような感覚があります。その意味では自信満々な人間じゃなくて良かったのかもしれません。そういうタイプの人には憧れるんですけどね(笑)