演出家石井優香プロフィール

石井優香:2003年にDRUMCANへ入社し、田村孝司氏、若槻善雄氏に師事。2015年に同社を退社後、フリーランスとして活動。2016年にSonomanoを設立し、現在に至る。国内外のファッションショー、イベントの演出やプロデュースを手がける

マス向けのショーもコア向けのショーも「根底は一緒」

ーファッションショーにおいて、TGCのようなマス向けのショーと、東京コレクションのようなコア向けのショーの違いはどこにあるのでしょうか?

石井:ターゲット層が大きく異なることもあり、空気感はかなり違います。いわゆるコア向けのショーは、美術館での作品鑑賞に近くて、ある種の神聖な空気感があります。一方で、TGCのようなショーはライブイベントに近いです。表現もキャッチーで、見ている人みんなが一体となって盛り上がっている。

ただ、制作サイドの観点では、見てくれる人の心を揺さぶりたい、ファッションで人を感動させたいといった気持ちはどちらにも共通していると思います。そのため、私としてもアウトプットの見え方が異なることはあっても、行っていることはTGCでもコレクションでも根底は一緒です。

石井氏が長年に渡り、演出を担当していた「東京ガールズコレクション」2017SPRING/SUMMER
 

ー「行っていることは基本一緒」とのことですが、ファッションショーの演出は通常、どのように組み立てていくのでしょうか?

石井:まずは相談を受けた際にシーズンのテーマを伺い、そのテーマを咀嚼しながらどのような表現にするかを考えていきます。多くの場合、場所探しを最初に行うことが多いですね。ブランドの意向を踏まえつつ、規模感やロケーション、装置などを考慮しながら、会場を選定します。

会場が決まった後は、ステージの図面をもとにどれくらいの人が座れるのか、どういう見え方になるか、音楽をどうするのかといったハードの面と、モデルやヘアメイクといったソフトの面の双方をプランニングしていきます。

こうした様々な要素を、予算感を把握しながら決めていく必要があります。デザイナーと対等な目線で話し、彼ら・彼女らが実現したいことを引き出すといったクリエイティブ性も必要な一方で、予算などの現実的な側面も私たちは持っていないといけません。演出家はある種、総料理長のような存在なんだと思います。

あらゆる仕事が判断の連続。その中で意識すべきこと

ーデザイナーさんの実現したいことを話の中で引き出していくのは、相手によっては難しいことのようにも思います。

石井:そうですね。話を引き出すためには、いかに相手に心を開いてもらえるかが重要なのですが、デザイナーさんのこだわりももちろん一人一人違うので、一筋縄では行かないことが多々あります。これに関しては、経験と訓練しかないと思っていて。成功や失敗など、色々な経験を経ながら、相手の心をいかに理解し、そして掴んでいくのかを自分なりに学んでいく必要があります。

いずれにしても大事なのは、依頼を受けた”外部”としてではなく、ブランド側と同じマインドを持ってショーを作り上げていく、ということですブランドにとっては、命を吹き込んだ洋服を発表するために、大金をかけることになるたった一つのショーです。それは決して忘れないようにしていますし、若い頃にDRUMCAN(ドラムカン)という会社で常に言われてきたことでもあります。

演出家石井優香インタビュー

ーDRUMCANで働かれていた頃は、同社の創設者であり演出家の田村孝司さんや若槻善雄さんに師事されていたかと思いますが、お二人からはどのようなことを学んできたのでしょうか?

石井:もはや”学ぶ”という概念がないほどに、私のほぼ全てが田村さん、若槻さん、そして当時の同僚の方達から得たもので成り立っています。細胞レベルで刷り込まれているのかもしれません(笑)。演出家の仕事においては、何か答えを出したり、決断をしたりしないといけない場面が多々ありますが「あの二人だったらどのように考えるんだろう」と想像しながら今も行動しています。

特に意識していたのは、アシスタント時代に言われた「自分だったらどう選択するのかを常に考えろ」という言葉です。あらゆる仕事は判断の連続で、迷っている時間はありません。仮に自分が意見を言う立場ではなかったとしても、何か選択肢がある時は「自分だったらどれを選択するか」に対する答えを自分の中で持っておく。自分なりの回答を仕事の中で答え合わせしていくと、他の方が出した答えが自分と一緒でも、異なっていても学びに繋がっていきます。私自身、そうして培われてきた判断力が、今の活動のベースになっているんだと思います。

”自分っぽさ”は要らない。石井優香氏の演出の強みとは?

ー今までの活動を通じて築き上げてきた、石井さん独自の強みなどはありますか?

石井:ショーだけでなく、展示会やショップのオープニングパーティ、オリンピック・パラリンピックといったスポーツイベントなどの演出にも携わらせてもらっている経験から来る、幅広い視野は強みかもしれません。これぞファッション、これぞモード、といった概念に囚われすぎず、色々な視点で考えてみると、意外と新しい表現に行き着くこともあります。

個人的には、演出には自分っぽさはあまりいらないのではないかと思っています。もちろん、自分なりの特徴がある演出家の方もいますが、私としてはいただいた依頼にうまく寄り添いながら最適な表現を模索していきたいし、それが結果的に自分らしさに繋がっていくのではないかなと考えています。

starisland

2023年にシンガポールで開催されたイベント「STARISLAND」も、石井氏が演出に携わった

 

ーショーに限らず、幅広い領域で活動されているかと思いますが、ショーとそれ以外のイベントで、演出の組み立て方に何か違いはあるのでしょうか?

石井:根底はほとんど一緒で、クライアントの方が何をしたいのかをヒアリングした上で、会場が必要であれば会場を選定していき、どう表現していくのかを検討していきます。

ただ、コンテンツとしてはショーは服をいかによく見せるのか、といったポイントにフォーカスされる一方で、パーティなどのイベントではケータリングはどうするか、フォトブースはいるか、遊べる場所も作るか、といった形で多岐にわたることが多いです。そういった意味ではショーの方がシンプルとも言えますが、ショーの後にパーティを行うといった、ショーとイベントが繋がっているケースも多々あります。

ファッションショーだけが持つ”空気感の共有”

ー今はショー以外にも、イベントやSNSなど、ブランドが服を発信する機会は多種多様にあります。その中で、ファッションショーを行う意義はどこにあると思いますか?

石井:展示会や映像などではできない、空気感の共有は大きいんじゃないかなと思っています。現場に実際に立って、音楽を聞いて、目の前で服を着たモデルが歩いているのを見ると、独特の感覚を覚えることがあります。実際に感動して泣く方もいらっしゃいますが、そうした気持ちを動かすような空気感を共有する、という点ではファッションショーはとても意義があるものだと思いますし、私たち演出家も見る人の気持ちを動かせるような演出を考えていく必要があります。

1年ほど前に、オンワード樫山さんが新しく始めたブランド「ネイブ(NAVE)」の立ち上がりのコレクションを担当したことがあります。直近ではオンワードさんのような企業が独自にショーを行う、ということが昔ほど頻繁にあるわけではないと思うのですが昔からの馴染みの方も含めて多くの方にお越しいただき、関係者の方も含め「やっぱりショーはいいよね」とたくさんの感動の言葉を伺うことができて。やはりショーはこの感覚だよな、と心から思いました。もちろんショーを服の販促に繋げないといけない、といった現実的な側面もありますが、関係者か否かに関わらず「人の心を揺さぶる」といったことができるのはファッションショーならではなのではないかな、と思います。

naveデビューショー

「ネイブ」のデビューショー

 

ー今後、演出家としてどのような活動をしていきたいと考えていますか?

石井:ファッションショーはもちろん、それ以外のイベントも含めて、人の心を鷲掴みにできるような仕事をしていきたいです。何なら「見た人の生活が変わるかも」といったレベルにまで持っていけたら良いな、と思っています。自分がかっこいいと思っているものを提示するだけで終わらせず、制作に関わっている人、そして見てくれる人のことを考えながら、より良い表現を模索していきたいです。