「ワールドインダストリー富山」は製品染め(製品化してから染色すること)と糸染め(糸の状態で染色加工すること)の両方に対応できる国内でも数少ない工場だ。工場内に足を踏み入れると、そこには大量の湯気と洗濯音、そしてかすかに溶剤の匂いが漂う。工場自体が製品染めの施設と糸染色のための施設に分かれており、緊張感のある空間で職人がもくもくと作業を続けている。 製品染めには大量の水を用いて優しく染め上げるパドル染色機と少ない水で効率よく染めるワッシャーの2タイプがあり、ブランドが望む仕上がりや予算に合わせて両機を使い分けている。工場にはパドル染色機が27台あるが、1台あたり30着から300着の染色が可能で、1度の染色には5~7時間かかる。途中で適宜温度やpH管理が必要な、まさに職人だからこそのなせる作業だろう。 最近では、玉ねぎなどの天然染料を用いたメリノウール染色が特徴のゴールドウインの「icebreaker(アイスブレーカー)」が同工場で染色加工され、話題となった。
さまざまなバリエーションの加工技術でブランドの信頼を得る
職人が手作業で色のグラデーションを調整するグラデーション加工やイタリアから取り寄せた軽石を使って染色後に風合いをつけるストーンウオッシュといった技術もお手のもの。その他、ファーのような毛羽立ちを生むファー加工やパドル染色機を使ったビンテージ染色のスノー加工など、さまざまなバリエーションの加工技術を持っている。 特に、ウール製品のスノー加工を量産できるのは国内でもこの工場だけだという。こうした技術は、海外メゾンや「LACOSTE(ラコステ)」、高島屋のオリジナルブランドなどにも採用されている。
また、製品染めは縫製後に染色をするため、生成り状態の洋服を大量生産しておき、売れ行きに応じてカラーバリエーションを変えられるというメリットがある。初めからさまざまなカラバリをそろえる必要がなく、多品種小ロット生産が主流になったいま、在庫問題にも一役買っているわけだ。 製品染めの施設の奥には糸染色のための工場がある。糸染色にもいくつかのパターン、工程があり、この工場では巻きつけた状態の糸に染色液を通すチーズ染めと糸を巻かない状態で染色する綛(かせ)染めを行っている。ともに長い時間をかけて染色し、余分な染料を洗い落として、乾燥させれば完成だ。最新ではゴルフを中心とするスポーツウエアに用いる糸の染色が好調だという。 そんな両施設の間には、染色前の実験を行う試験室(各種ビーカーサンプル染めを行う場所)がある。企業が染色したい色と素材を持ち込み、その発色を再現するための染料の調合を行うための場所で、染料の配合はなんと機械が自動で行っている。実際には製品染めの前にここでサンプルを作り、その後の生地染色、1点モノの染色テスト、展示会用のサンプル製作と4段階を経て、調整を重ね、製品化が始まる。
工場でもチャレンジングな技術開発を続ける
こうした染色技術もさることながら、最近では「ワールドインダストリー富山」にしかできないフッ素フリー撥水などの加工に加えて、イージーケアながらも綿やウールのような風合いを持つポリエステルの糸といった独自性ある糸の開発にも熱心だ。糸の状態での染色、撥水・防臭加工なども可能で、こうした複合的な技術を糸の段階から盛り込める工場はなかなかない。
とある企業の野球大会があるというので、チーム全員のユニフォームを借り受け、防臭加工を施してみました。試合後にユニフォームを袋詰めにして放置し、翌週の展示会で封を開けてみたんです。僕自身も半信半疑で、臭ったらどうしようとドキドキしましたが(笑)、これがなんと臭わなかったんです(社長談)
新しい技術を広めるために、こうしたチャレンジングな活動をしたこともあったと明かしてくれたが、実際にこうした活動から口コミが広がり、抗菌防臭加工は2019年春夏以降、かなりの受注を実現したそうだ。 「繊維工場がわざわざやらないような加工だったり、本来商社がやるような素材作りにも挑戦しています。こうして他社にはない独自性が生まれているんです」(岩野利彦ワールドインダストリー富山社長) 工場見学の最後に、工場から出る排水を見せてくれた。富山は水の規制が厳しいだけでなく、工場の周りは水田地帯。汚染された水を流すことは絶対にできない。だからこそ工場内には2段階の浄水機能を設置し、染色に使った地下水をろ過して小矢部川に戻しているのだ。もちろん排水は非常にクリーンな水になっており、こうしたサステイナブルな点を評価して染色を依頼するアウトドアブランドも増えている。 古くからある染色技術に加えて、新しい加工・素材の開発にも余念がなく、しかもそれら加工を合わせることでこの工場でしかできない洋服が生まれる。今では国内外からあらゆる相談を受けるまでに成長したわけで、企業傘下だからと下請けだけに頼らないチャレンジングな姿勢が独自性を生み出した好例だろう。 国外の工場を使った“サステイナブルではない”大量生産・大量消費という時代を乗り越えた今のアパレル業界にとって、こうした地方工場の技術・姿勢は大きな意味を持つはずだと感じた。