ブランド立ち上げから現在までの軌跡
ーまず、「ブレイモア」を立ち上げた経緯を教えてください。
Yuki:文化服装に入って2年目の時に、色々な偶然や奇跡が重なって繊維商社にスポンサーになっていただく機会があり、ブランドをスタートしました。当時から企画、生産、販売まで多岐にわたる業務に関わり、自分でもこなしていました。展示会の会場である大阪に2000円の夜行バスで向かったり、ルックの撮影後に1人残って終電まで撮影したり、洋服の梱包をしたりもしていました。東大の大学院と文化服装のWスクールもしていたので、常に何かに追われているような泥臭い生活でしたが、非常にためになった時期でもあったと思います。
ーそもそも、なぜデザイナーになろうと思ったのでしょうか?
Yuki:20歳をすぎた頃に人生設計を慎重に行なって、自身の中を点検してみたのがきっかけです。当時の自分は透明で実態のないような状態でしたが、強みを活かしていくには表現者としての側面を持つべきだと思い、大学院への進学と共に文化服装への進学を決意しました。
ただ、すぐにブランドを持とうと明確には考えていなくて。徐々に服作りの色に自分が馴染んでいったような形でしたが、「リードプロジェクト」でアダストリアさんと協業していくことが決まった際に、ようやく実感が湧いてきた次第です。
ー”右脳で惹かれ左脳で納得のいくワードローブ”というブランドのコンセプトは、どのようにして生まれたのでしょうか?
Yuki:個人的にプロポーションや仕立てが悪い服を着た時に気分が上がらないこともあり、「自分が作る服はそうならないようにしたいな」と思ったのが始まりです。見栄えが直感的に美しいのは大前提で、その上で1人しか気付かないような細部にまでこだわるのが、服作りに対する誠意だと思っています。
「モノとしての良さ」と「思想や哲学の内在」
ーそのコンセプトは、どのようにアイテムに落とし込まれているのでしょうか?
Yuki:モードにストリートのエッセンスを加えた、都会的なアイテムに仕上げています。パッと見て惹かれるようなプロポーションも重要ですし、着た際の着心地も大切にしています。そのため、仕立てやカッティングはもちろんのこと、バッグの持ち手や仕様など、日々使う中で気になるポイントにも気を配るようにしています。
端的に言うとモノとしての良さを追求している、ということになりますが、僕自身の中では文化服装で学んだ服作りや在学中に独学で学んだCAD、服飾造形の研究などが活きているな、と感じています。
ーデザインの着想源はどのようなところから得ているのでしょうか?
Yuki:多くの場合は日本文化や純文学からインスピレーションを受けつつ、あらゆるものを自分なりのレンズを通して見ることで、独自のプロダクトに仕上げるようにしています。そこには審美眼だけでなく、思想や哲学が内在されるように意識しています。
今期は村上春樹さんの著書「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」から着想を得て、”行動と意思の乖離”にフィーチャーしました。例えば”Shadow-Font Graphic T”は、”Shadow”のフォントグラフィックを、刺繍とグラデーションプリントの両方を用いて構築し、朧げな自意識を表現しています。
また、”Moon Shoulder Bag”は、七夕から着想していて、月の形状をベースに、短冊を彷彿とさせるベルトを装飾しています。
現代のデザイナーに求められる3つのスキルとは?
ー現代のデザイナーに求められるスキルにはどのようなものがあると思いますか?
Yuki:大きくは独自性と現実性、人格的な才覚の3つだと思います。独自性に関しては、既成概念に囚われない新しい切り口や、AIなどのシステムでは推し量れない美しさを見出すことができる能力です。
2つ目の現実性においては、現代アーティストの村上隆さんの著書で「勉強や訓練や分析や実行や検証を重ねてゆき、ルールをふまえた他人との競争の中で最高の芸を見せてゆくこと」と記されているような能力です。いわゆる現実的にビジネスをできるかというところで、SNSでの発信なども含まれると思います。
最後の人格的な才覚ですが、デザイナーは1人では無力で、産地や縫製工場をはじめとする、協力を惜しまず助けてくれる人の力で洋服は作られていることを認識することが必要だと思います。今の状態を当たり前だと思わず、周りへの感謝を忘れることなく、多くの方にクリエイションを届けていきたいです。
ーブランドの展望について教えてください。
Yuki:デザインの道にいる以上、最終的なビジョンはパリにありますが、まずはブランドとして生き残ることが最大の目標です。実際にアイテムを発売してみて、想像以上の反響をいただいているので、流れを維持しつつ、さらに拡大していきたいです。
そのためには、時代を超えても価値や説得力のあるモノを作り続けなければいけません。いずれはブランドからカルチャーが形成されるような現象が起きていくと良いな、と考えています。
ーその目標に向かって、どのような活動を続けていくつもりでしょうか?
Yuki:より幅広く、厚みのあるクリエイションを届けるために日々追求しています。具体的には、生地屋の展示会や工場に積極的に訪問して、沢山の生地や技術に触れるようにしています。こうした活動は、実際に今シーズンのアイテムにも活かせており、手ごたえを感じています。他にもニット教室に通ったり、洋服を解体したりと、新しいアイテムの模索や研究をしているところです。
また、SNSでの活動も、発信に特化しているクリエイターの方々に負けないように続けていくつもりです。実はSNSはあまり得意ではないのですが、発信を見て応援してくれている方々もたくさんいるので、日々向き合っていきたいなと思っています。
10年後の衣服産業に向けての意思
ー10年後の衣服産業について、Yukiさんの思い描く理想の形などはありますか?
Yuki:10年後に限らず、多くの人が感じている点だと思いますが、品質の悪い服や模倣品が増えていることによる文化の形骸化と、サステナビリティの課題が、より良い方向に向かっていくと良いなと考えています。
ー10年後の衣服産業の理想の形に向かって、Yukiさんご自身はどのような形で貢献していきたいと思っていますか?
Yuki:文化の形骸化に関しては、ブランドの目標に向けた活動と同様に、価値あるものを作り続けることが何よりも重要だと思っています。
サステナビリティに関しては、現在は流行り言葉のようになってしまっている印象を受けています。今まさに大学院で研究している最中ですが、研究で得たものをいずれは創造的なプロセスに組み込んでいきたいです。
今はブランドをしっかりと継続して大きくしていくことと、研究を意味あるものにすることが必要だと考えています。東大出身や文化服装出身の肩書きや評価を破れるよう、個人としてもブランドとしても成長していくつもりです。
sitateru eyes / 編集後記
シタテル代表・河野が見たYuki Matsui
彼との対話で見えてきたのは、「才気煥発」——創造力と実行力を兼ね備えた稀有な存在でした。輝かしい表層のキャリアとは裏腹に、独自の感性を貫きながらもリアリティのある視点を持ち合わせており、取材中にも出た村上隆氏の言葉は、彼のスタンスを如実に表していました。
彼の場合、デザイナー=花形な職種という印象よりも、貪欲な起業家のような泥臭さと、細部へのこだわり、様々なジレンマを超え、輝きを放ち始める瞬間を見ているようでした。
彼のクリエイションについても、現代ならではのコミュニケーションによる膨大な感性データや、サステナブルなコスト管理が見事に組み込まれているようで、新しい時代のものづくりとして、創意工夫に満ちたアプローチが光っていました。
現代のファッション業界は、急速に変わりゆくトレンドと多様化する消費者ニーズに応えるために、創造・想像力に加えてビジネスマインドも必要とされる時代。彼はまさにその「新旧交替」の分岐点に立つ若きリーダー候補であり、新たな価値を創造する意志が溢れています。
何より素直に「応援したくなるあの感じ」は彼の人としての魅力であり、今後も多くの人や企業が、彼のIMAGINATIONへの期待が一層高まることとなるでしょう。私も彼のいちファンとして、この産業にどのような新しい風を吹き込むのか、これからの10年、更なる飛躍を楽しみにしています。