百年先の未来を想像し、新たなファッションデザインを開発
ーシンフラックスでは現在、どのような活動をしているのでしょうか?
川崎:”スペキュラティブ・デザインラボ”として、現在はファッションデザインのプロセスの中における、廃棄問題を解決するためのデジタル技術を研究・開発しています。僕らはラボの立場から、製造工程やファッションデザインのプロセスを最適化するためのテクノロジーを研究・開発しつつ、様々なブランドやメーカーの方と協業して服の製造から販売までを行っています。
ー“スペキュラティブ・デザイン”とは、どういった意味なのでしょうか?
川崎:”スペキュラティブ”とは「物事を深く考える」「未来を考える」といった行為を指す言葉ですが、これからのファッションデザインにおいても重要になるだろうと思い、“スペキュラティブ・ファッション”を標榜して活動しています。
ファッションにおける「流行」は、ときに未来志向な一方で、短期的なトレンドに敏感でもあるため、何百年も先の未来のことに関しては考えづらい側面があると思います。しかし、昨今の環境危機や急速なデジタル化による新しいプレイヤーの登場を考慮すると、従来のファッション産業に閉じず、中長期的なスパンで物事を考えていく必要があると思っています。
布の廃棄量を大幅に削減するテクノロジーは、いかにして生まれたのか?
ーシンフラックスが開発してきたテクノロジーには、どういったものがあるのでしょうか?
川崎:代表的なものとしては、「アルゴリズミック・クチュール(Algorithmic Couture)」というパターンメイキング技術があります。型紙を作る際に、機械学習や3D技術を応用することで、布の廃棄量を減らすというソフトウェアです。通常、パターン制作において2Dの布を3Dの人の形に合わせて裁断していくと不要な布が出てしまうのですが、最初から人の体に合わせたパターンを生成することで、布の廃棄量の削減を実現しています。
ー「アルゴリズミック・クチュール」の開発に至った経緯を教えてください。
川崎:技術自体は大学院生の頃、同級生で共同創業者でもある佐野(虎太郎)と一緒に開発しました。当時、僕らはファッションデザインを研究していて、布を裁断したり、縫ったりする際に、布のゴミが大量に出ていることに気づいたんです。それから、服が大量生産される過程において、こんなにも廃棄が出ているのかと、強い問題意識を持つようになりました。
色々と調べてみると、世界で生産されている布の約3割が、デザインの工程で捨てられていることを知りました。その課題を解決できないかと思い、隣の研究室で機械学習や3D技術を勉強している人に相談して、一緒に作ってみたのが最初のきっかけです。そこでできたプロトタイプをH&M財団が主催している「グローバル・チェンジ・アワード」というアワードに出してみたところ、特別賞をもらって。ただ、技術としてはまだ未熟だったため、量産品に耐えられる技術にしようと考え、シンフラックスを創業しました。
ー現在は量産品にも適用できるようなレベルになっているのでしょうか?
川崎:2022年に初の量産対応を達成しました。ゴールドウインと2年の研究開発を進めて、2022年の11月に、ゴールドウインが運営している「ザ・ノース・フェイス(THE NORTH FACE)」と「ニュートラルワークス.(NEUTRALWORKS.)」の2ブランドから「アルゴリズミック・クチュール」を活用した量産品を発売しました。ウインドブレーカーとスエットのセットアップを製造、販売しましたが、従来と比較して1/3の廃棄量での生産を実現できています。開発によって、システムも汎用化されているので、今後は国内外問わず多様なメーカーやブランドと協業していきたいと考えています。
しかし、ここまで達成するのには長い研究とものづくりの時間を要したのは事実です。創業直後の2020年にファッションブランドの「ハトラ(HATRA)」と初めて協業した頃は、服のパーツが多くなり過ぎたり、型紙の形状も変形したものが生成されたりしていました。「ハトラ」のデザイナーの長見さんが、「デザイナーが思いつかないようなパターンを提案してくれるので逆に面白い」と言ってくれましたが、技術としてはまだまだ赤ちゃんのようなレベルだったと思います(笑)。そこから、アパレル産業の皆様からフィードバックをいただいたり、会社の仲間と日々開発を進め、現在の量産対応のサービスとして社会実装の一歩を始めることができました。
環境配慮からアバターまで。シンフラックスが見据える今後の可能性
ー「アルゴリズミック・クチュール」が様々なブランドの服作りに浸透していくことで、今後どのような可能性が生まれると思いますか?
川崎:大きく2つあります。1つは、脱炭素やCO2削減といった国際的な潮流への貢献です。ファッション産業で出るCO2の9割は布を作る際に出ているため、布の廃棄量を減らすことでCO2削減に繋がります。環境負荷提言の評価や情報公開を探求したり、技術を発展させて服の製造工程を環境配慮の文脈で最適化する技術に発展させたりできればと思っています。
もう1つは、ファッションデザインにおける創造性の支援です。「アルゴリズミック・クチュール」を発展させていくことで、デザイナーの創作支援も検討できるのではないかと考えています。ChatGPTをはじめとする生成系AIの盛り上がりの中で、現在は画像やテキストが中心になっていますが、今後3Dにも焦点が当たるようなことがあれば、AI×3Dの領域で僕らができることの可能性もさらに広がっていくはずです。
ー現在、既に開発を進めている新技術などはあるのでしょうか?
川崎:直近だと、服の型紙を生成することの延長として、洋服を仮想世界と現実世界の双方で表現する技術をリリースする予定です。既にプロトタイプは六本木にあるデザイン施設21_21デザインサイトの展示で発表していますが、現在実用化に向けて準備をしています。
ー先進的な技術の開発・研究を行っている川崎さんが今、注目しているテクノロジーにはどのようなものがあるのでしょうか?
川崎:僕らが専門としていないところですが、バイオテクノロジーを活用した素材には注目しています。中でもきのこの菌糸体を使った人工レザーは、環境負荷が低く、動物愛護の観点でもメリットがあることなどから世界的にも注目されていて、アメリカのスタートアップであるマイコワークス(Mycoworks)社が「エルメス(HERMES)」と協業して菌糸体レザーのバッグを作るといった事例も出てきており、個人的にも興味深いなと思っています。
他にも、服を作るといった観点とは違う方向で、捨てられた服の回収と再生、といった領域にも関心を持っています。特にJEPLAN(旧:日本環境設計)の「ブリング(BRING)」という技術は、服を分解して糸にしたものを、さらに原料にまで戻す、といったこれまで困難とされてきたことを実現しようとしていて、大変興味深いと思っています。
AIがクリエイティブに進出していく中で必要になる、「考え方の変化」
ー様々なテクノロジーが進化していくと思いますが、その中でファッションデザインは今後、どのように変化していくと思いますか?
川崎:「人間が服を着る」という根幹は変わらない一方で、僕らも従来とは異なる考え方をする必要性が出てきていると思っています。代表的なものがAIです。これまで、AIは業務の効率化などをサポートするツールだと思われてきました。しかしこれからは、クリエイティブな領域にもAIが進出してきます。
そうしたAIの動向の中で、よく議論されるのが「AIによってクリエイティブの仕事が減るのか?」といった話ですが、個人的にはクリエイティブの仕事は減らない一方で、考えるべきこと、やるべきことが確実に変わると思っています。今までのデザインプロセスとは異なり、「AIという新しい技術を使ってどう創造性を拡張できるのか?」といったAI前提のマインドセットが必要になってくる。僕らとしても、「AI前提社会におけるファッションデザイン」にどのような可能性と限界があるのかを想像しながら、意欲的にサービスを開発していくつもりです。