嶌村吉祥丸_会話シーン

嶌村吉祥丸:東京生まれ。国内外を問わず活動し、ギャラリーのキュレーターも務める。主な個展に”Unusual Usual”(Portland, 2014)、 “Inside Out” (Warsaw, 2016)、”photosynthesis”(Tokyo, 2020)など

ルック制作の最後のアウトプットを担うフォトグラファーの責任

ー吉祥丸さんは普段、ルック撮影の際にどのようなリクエストを受けることが多いのでしょうか?

吉祥丸:具体的なイメージと一緒に「今回のシーズンはこんな感じで撮りたいのでお願いします」と依頼してもらうパターンと、「一緒に相談しながら決めていきたいので、打ち合わせをしませんか?」と相談を受けるパターンの2つがあります。特に僕は後者の方が多いですね。

ー打ち合わせでは、どのようなことを話しているのでしょうか?

吉祥丸:なぜ自分に依頼をしてくださったのかということに始まり、シーズンテーマや、そもそもデザイナーさんが何のために服を作っているのか、またファッションに関わらず様々な事柄までヒアリングをしていくような形が多いです。

撮影では、スタイリングやヘアメイクがどれだけ良くても、写真1つで伝えたいものが伝わらなくなってしまうこともあります。ルック撮影における一番最後のアウトプットである写真を担うフォトグラファーには、その分責任もあるとも言えます。だからこそ、デザイナーさんの意思やシーズンテーマのコアの部分をヒアリングして掘り下げ、それに沿った形で写真を撮りたいな、と思っています。

ー様々なフォトグラファーがいる中で、吉祥丸さん独自の強みはどこにあると思いますか?

吉祥丸:他のフォトグラファーさんと自分を比較することがないのですが、強いて言えばアートギャラリー「same gallery」を運営していることなど、写真以外の活動をしていることもあって、より広いアプローチで撮影内容の検討・提案ができているのかな、とは思っています。

人によっては明確な撮影スタイルがある方もいますが、僕の場合は作家性やスタイルは出さずに、ブランドや服がより面白く見える方向性を柔軟に模索できるといいなと考えています。コンセプトが明確にあるのであれば、全てiPhoneで撮影しても良いし、中判のフィルムカメラで撮っても良い。色々な選択肢の中からコミュニケーションの中で最適なものを提案し、選択することが僕のアプローチなのかなと思っています。

吉祥丸氏が主宰するアートギャラリー「same gallery」外観。ギャラリーの他、ポップアップスペースやフォトスタジオとしても利用できる

撮影だけでなく、企画やディレクションも実行

ーご自身の強みを生かした仕事で、代表的なものがあれば教えてください。

吉祥丸:ルックとは少し異なりますが、直近だと「ヨーク(YOKE)」の2021-2022年秋冬シーズンに制作したアートブックが一例としてあります。デザイナーの寺田(典夫)さんから「様々な写真家と一緒にアートブックを作りたい」という相談を受け、僕の身近な写真家・アーティストの方々と一緒に「ヨーク」の服を自由に表現してもらう形で制作をしていきました。僕自身も撮影に参加していますが、企画やフォトグラファーの選定など、総合的な クリエイティブディレクションもしています。

嶌村吉祥丸_ヘッダー

吉祥丸氏がディレクションした「ヨーク」のアートブック。このページは吉祥丸氏が撮影したもの

ー撮影だけでなく、企画やディレクションといった仕事もされているのですね。

吉祥丸:はい。SNSをはじめ、メディアが多様化している現在では、ブランドもWEBコンテンツなど、ルックブック以外でも世界観を作るための新しいアプローチを行うようになっていると思います。そういった独自のコンテンツに企画段階から携わらせてもらうことも増えています。

例えば「アイムヒアー(I’m here)」(旧:タクタク)の”same here”というWEBコンテンツでは、ブランドのテーマである「時間」をコンテンツのテーマに据えて、自分の身近な人を撮り下ろしつつ、被写体の人たちに時間やファッションに対する自身の考えを手書きで書いてもらいました。写真やそれらの言葉を通じて、一つのブランドに対して、異なる人々による新たな視点を取り入れることができないか、といった試みを行いました。

嶌村吉祥丸_samehere

「アイムヒアー」のWEBコンテンツ”same here”

ーブランドの世界観を作るためのコンテンツが多様化することで、ルックの役割も変わってくるかもしれませんね。

吉祥丸:そうですね。1990〜2000年代くらいは、ブランドと写真がより密接で、ルックやキャンペーンフォトの役割が大きかったような印象を受けています。ブランドとの接点が雑誌や広告などの限られた紙媒体だったことで、ブランドイメージにより集中できた写真を撮れていたのかもしれません。

しかし現在では、メディアの多様化によって、同じブランドでも人によって全く違う捉え方をすることがあると思います。例えば特定のブランドを思い浮かべた時に、香水を思い浮かべる人もいれば、そのブランドを着たインフルエンサーを思い浮かべる人もいる。ブランドイメージがより分散しやすくなっていて、ブランドが発信する写真と受け手との関係性が薄れてきているように感じています。

ルックは「ブランドが見せたい最もピュアな部分の1つ」

ーブランドと写真の関係性が薄れてきている現在、ルックにはどのような役割があると思いますか?

吉祥丸:ブランドの”らしさ”の拠り所であり、帰ってこれる場所になっているのではないかと思います。ブランドに対して様々なイメージが付き纏ってしまう今日、中にはブランドとして本当は表現したくないイメージもあるかもしれません。ブランドが見せたい最もピュアな部分の1つでもあるルックは、そうしたイメージの分散の中にあっても「自分たちはこういうブランドである」と明確に言えるような根拠であり、純粋なブランドらしさそのものになっているような気がします。

ー逆に言うと、「自分たちがどういうブランドか」を考えて作られた服でないと、ルックは効果を発揮しづらいような気もします。

吉祥丸:そうかもしれませんね。僕自身の経験でも、デザイナーさんの意思が明確にある服は撮影しやすいな、と感じています。「なぜその服が存在しているのか」といったことが明確であれば、デザイナーさんのエネルギーにも寄り添えるし、同じ方向を向いて撮影に望みやすいと思います。

一方で、中にはメゾンや他ブランドの服をリファレンスにして、切り貼りしたようなマーケティング先行型のブランドがあるのも事実です。写真を撮る身としては、そういった表面的なところだけを真似した上手な服よりも、作り手の愛がこもった人間味のある服が好きです。

ーモデルの感情といった雰囲気も、写真には影響するのでしょうか?

吉祥丸:はい。僕自身、現場で音楽をかける時には撮影のイメージにあった音楽を選ぶように、現場でのモデルやスタッフとのコミュニケーションも含めて、雰囲気作りには気をつけています。

雰囲気以外でも、現場での色々な要素が絶妙なバランスで作用して、写真が成り立っているように思います。例えばヘアメイクさんが、最初は縛っていたモデルさんの髪をほどいたり、スタイリストさんがシャツの裾をちょっと出したり、といった細かい調整で気持ちいいバランスになり、それによってより良い写真が生まれてくるのだと思います。逆にどこかしらに違和感が残っていると、最終的な仕上がりにも影響してしまうので、できるだけ様々なアプローチで試行錯誤する余白を現場で持つようにしています。

嶌村吉祥丸_思想

ブランドとアーティストのより良い関係性を

ールックやコンテンツなど、撮影に限らず様々な活動を行ってきていると思いますが、今後チャレンジしたいことがあれば教えてください。

吉祥丸:ルック撮影以外の撮影や企画を国内外のブランドと一緒に行っていきたいですね。ルック撮影には基本的には服を見せる、型数を見せる、といったある種の制約がありますが、より自由度の高い撮影を各ブランドの在り方に寄り添いながら行っていけたら面白いなと思っています。

また、撮影に限定しない領域だと、ブランドとアーティストやファッション以外の領域の人とのより良い関係性に興味があります。ブランドとアーティストがコラボレーションをする際、アーティスト側がファッションの資本主義的な側面に消費されていると感じることがありました。ブランドにとってもアーティストやコラボレーターにとっても両者にとって良好な関係性で新たな表現が生まれれば良いと思います。具体的な構想はまだないのですが、ファッションやアートに携わる身としては、媒介者としてこれからのクリエイティブの形を模索できると良いなと思っています。