ソニー・ミュージックエンタテインメントが擁する乃木坂46、櫻坂46、日向坂46の「坂道シリーズ」は、長年にわたって質量ともに豊潤なアートワークを生み出してきたことで知られる。
その先駆となる乃木坂46は、2019年に『乃木坂46 Artworks だいたいぜんぶ展』(ソニーミュージック六本木ミュージアム)、2021年には『春夏秋冬/フォーシーズンズ 乃木坂46』(東京国立博物館 表慶館)と、グループのクリエイティブとミュージアムとをリンクさせた催しを行なってきた。
こうした系譜上に位置する今回の『新せ界』は、櫻坂46の前史から現在の姿、そして未来までを見据えた展覧会となっている。本展のクリエイティブディレクターを務める本信光理氏は、上記した乃木坂46の展覧会『だいたいぜんぶ展』『フォーシーズンズ』でもディレクションを担当してきた。
「これまで乃木坂46の展覧会を企画・構成してきましたが、その上でさらにネクストレベルの空間を作れないかと、ソニー・ミュージックエンタテインメントとも相談しつつ、今回OSRINさんに空間演出を担当していただきました。OSRINさんはミュージックビデオやCDジャケットのディレクターとして活躍され、映像や写真、その中に映り込む美術、ライティングなどにおいて優れたディレクションを行ってきました。またその中でひとつの物語を表現することに長けている。さらには映像作家は音響の発注・ディレクションもできる。そんな方が加わることで、今まで見たことのないようなトータルイメージが作れるのではないかと考えました」(本信氏)
本展は衣装、映像及びダンス、CDジャケットのアートワークなど、カテゴリーごとに区切られた全7章で構成され、それらに先立つ「序章」ではグループ前史の記憶をたどるようなスペースが設けられている。
展示空間の冒頭、序章エリアを抜けるとまず現れるのは、鏡張りの壁面をバックにして整然とトルソーが居並ぶ、静謐な空気感をたたえた衣装ゾーンだ。
本展『新せ界』のキービジュアル衣装(デザイン:Remi Takenouchi)や、「第71回NHK紅白歌合戦」衣装(スタイリング&ディレクション:Remi Takenouchi、デザイン:KEISUKEYOSHIDA)などのほか、衣装にあしらわれるエンブレムやデザイン画も展示され、櫻坂46の表現を支える大きな要素としての衣服がクローズアップされる。
この空間内で衣装の前にしばし立ち止まって展示を眺めていると、やがてとある変化の訪れに気づく。その瞬間に浮かび上がる重層的な意味もまた、このゾーンの醍醐味である。
メンバーを核とした創造のプロセスをたどる
映像とダンスをテーマにしたエリアでは、大小35台のモニターで構成された巨大なモニュメントに、ミュージックビデオとメンバーの振り入れ映像とが映し出される。その周囲には櫻坂46作品の多くの振付を担当し、グループ特有の群像表現を導いてきたTAKAHIRO氏によるメモのほか、MV絵コンテ、企画書などが豊富に並び、創造過程の息遣いを伝えている。
「メンバーの普段の修練の様子が中心のモニターのタワーに映し出され、それを囲むようにTAKAHIROさんのメモや企画書などクリエイターのビジョンを知る資料があって、そして完成したミュージックビデオが流れている。そういった構成から、何よりまず櫻坂46のメンバーたちが核として存在していて、そこからいかにクリエイティブを作り上げていくか。そのプロセス自体をエモーショナルに感じてもらえればと思います」(本信氏)
続くCDジャケットのアートワーク、そしてミュージックビデオの美術を中心としたゾーンは、OSRIN氏による空間演出のハイライトともいえるエリアだ。
4thシングル『五月雨よ』のジャケットで印象的に用いられた大樹を中心に、櫻坂46のクリエイティブの過程や、メンバーたちが歩んできた日々の痕跡が展示エリアの隅々にまで散りばめられる。また、このゾーンには櫻坂46メンバーの藤吉夏鈴が写真掲示のレイアウトを担当した一角もある。
未来に向かって開かれた「未完成」の展覧会
もっとも、『新せ界』は過去作品の集積ばかりに終始するものではない。現在地から未来に向けて、視線を投げかけるようなパートも本展に不可欠の要素である。そのパートを担うのは他でもない、櫻坂46メンバー一人ひとりの言葉だ。
「メンバーの参加があってこその、〈櫻坂46〉の展覧会。それはOSRINさんが強く思っていることでもありました。それと、この展覧会が過去のアーカイブを見せるだけのものになっていいのだろうかという思いもあり、未来に向けたパートをこちらから提案したんです。そこで、メンバーの方々にインタビューをして未来へのビジョンを語ってもらい、その彼女たちの言葉が展覧会の終盤パートになりました」(本信氏)
未来へと向かうメンバーの言葉がつづられたこのエリアは、それら彼女たちの意思をともに引き連れながら、眼前にある光に向かって進むような趣の展示空間になっている。
そして本展タイトルと同じく「新せ界」と名付けられた、展示空間の最終章を飾る小部屋には、一部が空欄になった展覧会ロゴが並ぶ。「未来」を象徴するようなこの未完成のゾーンには順次、櫻坂46メンバーたちが思い思いの“新せ界”を書き入れ、やがて完成形を迎えるはずだ。
会期に先立って7月27日にはプレス内覧会が行なわれ、メンバーの田村保乃、藤吉夏鈴、山﨑天が出席、3人は展示空間のラストにある小部屋でペンを執り、三者三様の“新せ界”を綴ってみせた。
櫻坂46が丹念に生み出してきた、総合的な表現の緊張感と豊かさを広く知らしめると同時に、グループの歩みを振り返りつつ開かれた未来へと手を伸ばそうとする展覧会『新せ界』。本展はまた、アイドルグループがいかに多方面のクリエイティブを投じうる、懐の広い土壌であるかをも示している。
会期は7月28日(金)~10月29日(日)まで、六本木ミュージアムにて開催。展示空間の端々にまで描きこまれた物語を、ぜひ全身で感じてみてほしい。