ファッションとテクノロジーは「切っても切り離せない関係」にある
ー森永さんは、ファッションとテクノロジーの関係をどのように捉えているのでしょうか?
森永:新しいものであれ、古いものであれ、テクノロジーはファッションと切っても切り離せない関係にあると思います。例えば、今でこそ当たり前のミシンは、産業革命の時代には大量生産を可能にした最先端テクノロジーでした。
そういった中で、「今の時代にどういうテクノロジーを使ってどういう服を作るのか」ということを「アンリアレイジ」としては重視しています。2003年のブランド設立以降、様々なテクノロジーが登場しています。中にはファッションとは一見関係のないものも多々ありますが、そのような技術と共に歩んでいくことで、他にはない服作りができるのではないかな、と思っています。
ーテクノロジーの進化に伴って、「アンリアレイジ」の服作りに対するアプローチも変化してきたのでしょうか?
森永:取り込むテクノロジーは変化していますが、根幹は変わりません。ブランド名が「A REAL(日常)」「UN REAL(非日常)」「AGE(時代)」から構成されている通り、僕らの服作りのテーマは「日常」と「非日常」。日常の中で、ちょっとした驚きや、いつもと違う印象といった非日常の要素を取り入れた服作りを追求する、というアプローチを設立時から続けています。
例えば、2023年春夏コレクションでは、ブランド設立時の原点であるパッチワークに立ち帰り、時間をかけた服作りを徹底した一方で、次シーズンの2023-24年秋冬コレクションでは、他のブランドでは作れないような素材やテクノロジーをふんだんに活用しました。一見すると相反する服作りですが、根底は同じで、そうしたアナログと最先端の両軸を行き来しながら、ブランドとして成長しています。
紫外線で色が変わる。長年改良を続けた素材を使ったコレクション
ー2023-24年秋冬コレクションでは、「紫外線で色が変わる素材」を使った服を発表されていますよね。どういった経緯でこの素材を使用したのでしょうか?
森永:今季のコレクションは、ヤーコプ・フォン・ユクスキュルというドイツの哲学者・生物学者が唱えた「環世界」を着想源にしています。人間が見ることのできる可視光領域の中で、僕らは目の前のモノの色を認識していますが、色の見え方は人や環境によっても異なるし、ましてやミツバチなどは同じモノでも人とは全然違う色に認識している、といった概念です。
今季はその概念を、紫外線や太陽光で色が変わる「フォトクロミック」技術を使った素材を活用して表現しようと考えました。人には白にしか見えないモノが、実は紫や赤にも見えている生物がいる、ということを人にも分かるようにしています。今回のコレクションを通じて、僕らが見ている世界や当たり前だと思っているファッションの根本的な要素は非常に曖昧で、視点を変えることでどれだけ可能性が広がるのかを伝えられれば、と思っています。
ー紫外線で色が変わる服は、「アンリアレイジ」の過去のコレクションでも何度か使用されていた印象ですが、それらも「フォトクロミック」技術によるものなのでしょうか?
森永:「フォトクロミック」以外のものもありますし、「フォトクロミック」由来のものもあります。「フォトクロミック」技術を一番初めに使ったのは、ちょうど10年前です。当時はコットンのような質感しか表現できなかったのですが、今ではファーやベルベットのような質感も出せるようになってきていたり、色の変化のバリエーションや変化の速度もアップデートされたりしています。こうした進化の過程を見ていると、テクノロジーは継続して使い続けることで、進化・成立するものだな、と改めて実感しますね。
ー「フォトクロミック」以外で、「アンリアレイジ」が継続的に使っている素材にはどのようなものがあるのでしょうか?
森永:色々とありますが、スマホと連動した、光の反射に反応するテクノロジーである「再帰性反射技術」は一例としてあります。当初は白い光にのみ反応していましたが、今では光の角度によって反応が変わるようになっていたり、スマホの仕様変更に合わせて、素材も仕様変更したりと、アップデートを続けています。
他にも、光を吸収する素材やバイオ系、LED系などの素材も、過去にコレクションで活用してからも、継続的に開発を行っています。
ブランドを超え、ファッションの垣根も超える素材の「凄さ」
ー様々な新規素材の活用とアップデートを行っていますが、「アンリアレイジ」の服作りにおいて、素材はどのような役割を担っているのでしょうか?
森永:服のデザインと素材は地続きで、服のデザインの延長上に、素材のデザインが存在する、というのが「アンリアレイジ」の中では当たり前になっています。そのため、素材を既存のモノから選んで調達するのではなく、発表したいコレクションのテーマを最大限に表現できる素材をゼロから作っていくという作業を重視しています。
そうして開発した素材は時に「アンリアレイジ」というブランドを超えて、ラグジュアリーブランドやスポーツブランドとのコラボレーションにも繋がったり、さらにはファッションを超えて、車の内装やテント、宇宙服など、様々な領域に入り込んだりすることもあります。そうした広がり方を見るたびに、素材の凄さを実感しますね。素材はモノとしてはアナログですが、フレキシブルな物体でもあるので、テクノロジーを詰め込むことで、今までにないものが生まれる可能性があると思ってます。
ー素材をはじめ、様々なテクノロジーを活用してきた森永さんが今、注目しているテクノロジーはありますか?
森永:AIを使うことでどのようなデザインが生まれるのかには非常に興味を持っていて、今も壁打ち的にいろいろとAIでシミュレーションをしています。例えば「アンリアレイジ」の2012年のコレクションと2016年のコレクションを組み合わせたら、どのようになるのか、などを見ています。AIが出してくれるデザインを見ると、「確かにこの発想はなかったな」という気づきが多々ありますね。
僕の視点で作るコレクションには「らしさ」があるので良いのかもしれない一方で、自分らしさをテクノロジーの力でどこまで壊せるのか、という観点もブランドの進化にとっては非常に重要だなと感じています。
ーいずれはAIによって作られたコレクションも出てくるかもしれませんね。
森永:AIが作ったものをそのまま発表する、といったことはないと思いますが、AIがベースを作ったコレクションはありえるかもしれませんね。
また、現時点では文字とビジュアルの提示がAIではメインとなっているので、素材そのものを作るのはAIでは難しいとも思っています。とはいえ、例えば「『フォトクロミック』技術が今後、どのような進化をしてく可能性があるのか」などの質問には示唆を出してくるので、他のテクノロジーと組み合わせていくことで、素材のアップデートや、新しい素材の開発の道筋を示してくれる可能性は持っています。
知覚が更新され、日常が変わる。テクノロジーが拡張するファッションの未来
ーテクノロジーが進化していく中で、服や服作りの未来は、どのように変わっていくと思いますか?
森永:人の知覚自体を何かしらの方法でアップデートできるような服が生まれれば、人の日常を変えるレベルの大きな流れが生まれるのではないかと思っています。例えば、「フォトクロミック」技術は、AからBに色が変わるものですが、AからB、BからC、CからDへと段階的に色を変える技術に進化すれば、同じ服でも時間帯や、季節などによって4回表情を変えることになる。そうなると、服の選択の方法が変わるかもしれませんし、さらに技術が発展していくことで、服の「色」の概念がなくなる、といった非常に面白いことが起きるかもしれません。
特に今のファッションは、視覚がメインになっていると感じています。実際、盲目の方と一緒に服を作る、という試みを行った際、自分がいかに視覚に頼っているかを痛感しました。日常と非日常を追求している「アンリアレイジ」としては、そういった当たり前とされている視覚を疑った瞬間、ファッションに新しい世界が生まれるかもしれないな、と思っています。