ブランド立ち上げに至るまで。成人式での葛藤を経て
−改めて着物のリメイクのブランド「keniamarilia」を始めた経緯を教えてください。
ファッションは小さな時から好きでしたし、着物にもずっと魅せられてきました。強く志すようになったきっかけは成人式の時ですね。これはずっと親から言われてきたことなのですが、どんなに日本のコミュニティでうまくやれても、日本人になることはできないって。あなたはあくまでブラジル人であって日本人ではないと。
今振り返ると、それは私にとっていい戒めだったと思います。要はそのスタンスを決めておかないと自分のアイデンティティが揺らぐじゃないですか。なので、私はその教えにすごく感謝しています。
−そうだったんですね。アイデンティティが揺らいでいる状態こそが良くないんだと。
ただ、それ故に「私は日本の文化には触れちゃいけないのかな?」と思っていたのも事実でした。だから成人式に振り袖を着るのかどうかすごく迷ったんです。外国人の私が着ているのを見たらいい思いをしない人もいるかもしれない、でもやっぱり着たい。そう友達に相談したら「全然そんなことないから!」ってお店に連れて行ってくれました。
そうしたら、お店の人もすごく歓迎してくれて、これも着て、あれも着てみてって。私、うれしくて思わず号泣してしまったんです。着付けられながら号泣みたいな(笑)。受容された、この文化に触れることを許してもらえたという感覚でした。その時に「恩返ししたい!」って強く思いました。
−葛藤を経て「着物が好きなんだ」というご自身の思いを改めて認識されたんですね。
そうですね。で、専門学校に入って、着物に関わるブランドを立ち上げたいと先生に相談しました。すると「お前は大手で細かい仕事を振られるより、小さいところに入って揉まれろ」と。生産管理をやってモノ作りの状況を俯瞰して仕組みを知れば、デザインはあとから勉強できるからと言われました。それでOEM会社に入って経験を積むうちに次の転機が来た感じです。
−すぐ着物関連の仕事に就くのではなく、目標から逆算しての生産管理だったと。もうひとつのきっかけというのは?
2015年くらいに「HEAVENESE(へヴニーズ)」というグループの衣装を担当する話が来て、20107年に彼らのエチオピア公演のツアーに初めて帯同したんです。着物に代表される日本の文化が海外ですごく愛されているというのは噂には聞いていたのですが、「え、こんなに?」というくらいお客さんが大熱狂だったんです。
もちろん彼らのパフォーマンスが素晴らしいのが前提にあるのですが、着物に代表される日本の文化が世界でこんなに受け入れられているんだということが衝撃でした。その海外の熱狂を目の当たりにした後で、国内の着物産業が衰退していく様子を改めて見ると、これは本当にまずいと実感しましたね。そこから2年間で急いでブランドの準備をして2019年に立ち上げました。
着物は職人のクリエイティビティの結晶
−とはいえ、現代の日本人の大半にとって着物は縁遠い存在になりつつあります。座波さんは着物のどういう部分に魅力を感じていらっしゃるのでしょう?
基本的に民族衣装というものは、日本に限らずその国の風土や歴史、国民性のすべてが詰まっています。例えば、砂漠の多い地域では砂を避けるために工夫されたディテールがあるし、アイヌなどの地域にはアザラシの腸を使った服があったり。その土地固有の生活の知恵がベースにあるのは共通しているのですが、着物の場合はそこに芸術性が加わる割合がすごく高い。
「金糸なんてこの部分で使わなくてもいいでしょ!」みたいなディテールを見ると、おもしろい仕事をしてやろうという職人さんの気概が伝わってきます。細かい部分に至るまで、創意工夫を凝らそうとするエネルギーやセンス、精神性こそ私は魅せられているんだと思います。
−座波さんにとって、着物は単なる民族衣装以上の存在なんですね。今までにリメイク用として仕入れてきた着物の中で、印象的な一着はありますか?
たくさんありますよ!ブランドの準備期間も含めると、6年以上着物を見続けてきましたが、同じ柄にはまず出会いません。もちろん、公家柄や雪輪模様、吉祥模様といった柄自体は代々継がれるものですが、その時々の作り手によって必ずどこかアレンジされている。だから全く同じ生地は本当に見かけません。
例えば、これは30年前に流行ったと言われる柄です。ろうけつ染めという手法を使って、それぞれの花や葉の濃淡を微妙に描き分けているので、同じ染まり方をしている花や葉が一ヶ所もないんです。あとは私の好みでもありますが、飛び柄の地紋が付いているものに関しては「珍しい!かわいい!」と無条件に思いますね。予算が許す限りで仕入れるようにしています。
大事にしているのは“着物の文脈”を残したリメイク
−先ほど仕入れの話も出ましたが、リメイクの元となる着物はどういう基準で選んでいるのでしょう?
まずひと口に着物と言ってもいろんな種類があるんです。留袖、お召、小紋、振り袖、色無地、訪問着などなど。その中でも「keniamarilia」では、日常的なシーンでよく着られていた小紋と呼ばれる種類をよく使います。
年代で言えば、大体30年くらい前の現代着物と呼ばれるカテゴリーの小紋を仕入れることが多いですね。日常的な外出着として着られていた小紋は、「着物を着たい気持ちを日常で少しでもかなえたい」というブランドのコンセプトにも合致しているんです。
−素朴な疑問なのですが、シャツやスカートなど作るアイテムを決めてから着物を仕入れているのでしょうか?それとも、まとめて仕入れてから考えていくのでしょうか?
生地の柄を次々に見ながら瞬間的に選んでいくのですが、シャツやスカートになった姿が明確にイメージできるものだけを仕入れるようにしています。どうしようかなと迷ってしまう時点で、その着物は仕入れませんね。
洋服にリメイクしてしまうと、魅力が失せてしまう可能性がある着物は避けています。というのも、うちのブランドでは「元の着物の文脈をなるべく損なわない」という部分を一番大事にしているんです。
−なるほど。仕入れた着物を解体してそれぞれのアイテムにリメイクしていく上で意識している点などはあるのでしょうか?
先ほども言ったように、元の着物の文脈をできるだけ留めることは特に大事にしているので、新たに仕上げるアイテムには一着の着物を解いた一反(※約35cm×約12m)をまるまる使います。例えば、この半袖シャツの生地は一枚仕立てでなく、二枚仕立てにしているんです。ばらばらに解いた一反のパーツを全部広げて、そこからシャツの型を取っていく作業は本当に大変なんですけど(笑)。
生活の延長線にある着物を目指して―立ち上げ時からブレないブランドコンセプト
−背景をいろいろ聞くと、詳しくない立場ながら着物に興味が出てきます。その着物をリメイクするという発想はそもそもどうやって生まれたのでしょうか?
着物を着る機会が減っている中で、その着物の元となる反物自体が生産されなくなってきているのが現状です。アパレルの生産管理を15年もやってきた私がすべきことは、私なりのやり方で反物が生産されない状況を止めること。
着物を着る行為を啓蒙していくのはもちろん大事です。でもまずは着物業界全体に対する需要を新たに作らないことには何も始まりません。世に眠っている着物を洋服にリメイクすることで、着物以外にも反物が生かされる道が存在することを示したくてブランドを始めたんです。
−リメイクというとSDGs的な文脈として語られがちですが、市場で反物が再び生産されるようになる状況を目標に据えたリメイクというのはすごくユニークです。
もちろん、反物を生産する工場さんが増えたら、いつかは私なりの着物も作ってみたい。ただ、まずは今の生活の延長線上に、着物を着物以外の形で存在させてタッチポイントを作っておくほうが先だと思うんです。そうしないと、着物の魅力を知らない人はずっと知り得ないままですから。だから、ブランドコンセプトは「新たな和服のスタンダードを」なんです。
ちなみに、これは声を大にして言いたいのですが、「着物似合うかしら?」という方がたまにいらっしゃるけど、民族着が似合わないわけがないんです。もちろん好みの色や柄はそれぞれにあると思いますが、元々みなさんのために作られているのが着物ということを思い出してほしいですね。「keniamarilia」の服にせよ、着物自体にせよ、日本人に似合わないわけがないというのはすごく伝えたいところです(笑)。