ユニフォームは襟付きが主流。“紳士のスポーツ”たらんとした創成期
−今年、Jリーグは開幕から30周年です。新開さんも28年間にわたり、そんなリーグと歩みを共にしながら仕事をされてきたかと思います。まずは入社当初の様子を教えてください。
僕は95年入社だったので、Jリーグの発足当時は仕事としては接していません。そのせいか、諸先輩方からは「Jリーグというものは…」という教えをこんこんと説かれたのが、入社1年目の時期でしたね。若かりし自分としては、Jリーグ、およびサッカーのことは十分知っているという自負があったのですが、その鼻っ柱は見事に折られました(笑)。
例えば、「なぜJリーグのユニフォームはこんなにツヤツヤしているんだろう?」という素朴な疑問がある日ふと浮かぶ。思わず口にしてみると「なんだ、そんなことも知らないのか」と一蹴されるわけです(笑)。
ピッチ上の選手たちがナイトゲームの照明の中で、憧れの存在として輝いて見えるようにそういう素材になっているんだと。ユニフォームってそんなことまで考えて作られているのかと思ったのは、今でも鮮明に覚えていますね。
−最初は手厳しい洗礼を受けた訳ですね(笑)。言われてみると、リーグ初期の“オリジナル10”と呼ばれるクラブのユニフォームは特にツヤ感があった気がします。他にもこの頃のユニフォームならではの特徴はあるのでしょうか?
ディテールを挙げるなら、基本的にユニフォームは襟付きのデザインが主流だったというのは大きいですね。その理由として、サッカーは紳士のスポーツであるという思想がJリーグ発足当初の数年間は強くあったからだと思います。
2000年代半ばに差しかかると、襟付きのユニフォームはあまり採用されなくなります。紳士のスポーツというアイデンティティのために大事にすべきディテールではありますが、選手のパフォーマンス向上には寄与しないのも事実です。僕らの時代では、エリック・カントナが襟を立ててプレーしていたのがかっこよく見えたものですけどね。
−襟が付くと、かなりレトロな印象になりますね。近年のユニフォームにはない魅力がありますし、ファッション的な目線で見ても新鮮です。
僕もこの頃のユニフォームは今見てもかっこいいと思います。海外に目を向けると、プレミアリーグを中心に、それぞれのクラブの黄金期を彷彿させるような古いモチーフを参照することが最近は増えていますね。
その背景にはカルチャーの側面もあるのかなと。若い世代を中心に、ヴィンテージのサッカージャージやユニフォームをカジュアルウェアに合わせるのがかっこいい、もしくはかわいいとする感性が新たに出てきている面もあると思います。
−時代の勢いを感じるような元気のあるデザインが印象的です。また、今のように各クラブのサプライヤーが分かれておらず、ミズノ社の一社提供だったという点も興味深いです。
“オリジナル10”のユニフォーム製作においては、明確にチームカラーを区別して振り分けたかったという意図がJリーグ側にあったと聞いています。まずは各クラブ固有のカラーをしっかり浸透させたい思いがデザインにも反映されたのではないでしょうか。
10クラブへの供給をすべてミズノ社が担った経緯は詳しく分かりません。ただ、プロリーグ発足時のタイミングにおいて、一社提供にすることでユニフォームの供給レベルを等しくするというのはすごくフェアな判断だったんじゃないかと思いますね。
リーグ主導からクラブ主導へ。サポーター目線も加味したユニフォームに
−今ではサプライヤーも各クラブが選定することが当たり前になりました。リーグ発足時と比べて、各クラブのユニフォームは今どのようなベクトルでデザインされているのでしょうか?
Jリーグの30年間の歴史の中でスペックはものすごく進化を遂げています。生地はより軽く薄くなり、吸汗性や速乾性もどんどん上がっている。当然、その進化は選手のパフォーマンス向上を第一に目指しているのですが、同時にサポーターにとっての着やすさを追求する必要も出てきています。
例えばサポーターからよく上がる声として、タイトなシルエットのユニフォームは着にくいというものがあったりします。プレーする選手からすれば、相手から引っ張られるリスクを減らせるメリットがある反面、サポーターが応援の時に着やすいかというとちょっと難しい。
−2000年頃にはイタリア代表が極端にタイトなユニフォームを発表して話題になりました。
カッパが供給していた時期ですね。ASローマに移籍した際に中田選手が着ていたのもそのタイプでした。あれは販売する側の我々も驚きましたね。サポーターの皆さんは普段より大きいサイズを選ぶことで何とか対処していた感じでした(笑)。
あの流れはユニフォームとしてはそんなに長続きしなかった印象ですが、代わりに選手に普及したのがインナーにコンプレッションウェア(着圧をかける機能性ウェア)を着る習慣ですね。長袖のコンプレッションウェアを、半袖のユニフォームの下にレイヤードするスタイルもよく見かけるようになりました。
−ユニフォーム交換時などにタイトなインナーを着用している様子はよく見ますね。ピッチ上の選手の能力を引き出すスペックに加えて、サポーター目線を意識したデザインも必須になってきたと。
先ほども話したように、デザインの部分においては、発足当時はリーグ主導でそのクラブカラーをユニフォームにしっかり落とし込むことを重視してきました。その次のフェーズとして、クラブ側にその裁量が委ねられるようになってきたのかなと。クラブ固有のカラーをメインにしなくても、どこかにアクセントとして入れればいいという柔軟な発想になってきたように思います。
というのは、リーグの成熟とともに試合の日以外も「コーディネートのどこかでクラブカラーを取り入れたい」とサポーターが求めるようになってきたから。365日24時間、サポーターに着てもらえるためのデザインを目指す意識は間違いなく強くなってきたのではないでしょうか。
楽しみ方は十人十色。普段着としてのユニフォームの可能性
−ひと昔前のサポーターはスタジアムに着いてから着替えているイメージでしたが、もっと普段着に近づきつつあるイメージでしょうか。
そうですね。振り返ってみると、ひと昔前は一試合90分そのものが大きなお祭り事みたいな感じだったのに対して、今は丸一日の楽しみという感じに変化してきたのかなと。
最近のスタジアムではご当地フードのケータリングや子どもたち向けのイベントを充実させるなど、各クラブが工夫を凝らしています。試合前からスタジアムにかけつけるお客様もたくさんいらっしゃいますし、サポーターも楽しみ方が上手になってきたんじゃないかなと思いますね。
−週末の電車に乗ると、Jリーグのユニフォームを着た方を見かけることが昔より増えた気がします。
ちなみにこれはお店のお客様から聞いた話なのですが、スタジアムの最寄り駅をどれだけホームの色で圧倒できるかで、今日勝てるかどうかが分かるとおっしゃる方がいるんです。もちろん地の利があるので、ホームサポーターの色が多くなるのは必然なのですが、その駅をどれだけ染められるかで、その日の勝負の行方を占えるのだそうです(笑)。
−サポーターの方が最寄り駅から勝負を始めているのは知らなかったです(笑)。
だから彼曰く「家出るところからユニ着ていかないと負けちゃうんですよ」と。そんな視点を持つサポーターが増えているのは、Jリーグが発展していく過程においてはいいことですよね。
自分のアイデンティティとして、このクラブを応援しているという姿勢を示すのは何ら恥ずかしいことじゃないし、むしろかっこいいことなんだと。そのことを考えても、サポーターが堂々と街中で着られるユニフォームを作るというのはすごく大事な視点です。
−なるほど。ユニフォームを着ることで味わえる楽しさはいろいろありそうです。
楽しみ方の変化の一例として思い出したのですが、僕が入社した95年頃、背番号付きのユニフォームを着て応援に行くという文化はあまりなかったんです。その流れがガラッと変わったのが日韓W杯でした。
あの熱狂を経たことで、「私はこのチームの中でも特にこの選手が好き!」という意思表明をみんながするようになった。今では当たり前のことですが、実際にユニフォームを販売していた身としては、そうやってサポーターの観戦スタイルが変化していく様子を間近で見てきました。
−今で言う“推し活”の先駆けでしょうか(笑)。そう考えると、気づいていない楽しみ方はまだあるかもしれません。最後にサッカーショップKAMOさんが提案するユニフォームの楽しみ方があれば教えてください。
スペックの進化とともに、ユニフォームのプライスも正直上がっています。昨今の時代の背景を考えると、2万円弱のシャツを買うのはそれなりにハードルが高い買い物だと思います。ただ、好きなチームのユニフォームを着て、スタジアムを訪れる時に味わえるライブ感はやっぱり別次元。
ホームゲームが年間20試合あったとして、全試合は無理だとしても10試合くらいは試しに足を運んでみてほしいなと。そうすれば丸一日楽しめる日が少なくとも10日はできるわけです。その体験込みの値段だと思って、ユニフォームを着て街に出る方がもっと増えてほしいですね。