一般人からエゴン・シーレまで。多彩な顔のニットが評判
−ニット作家としての堀ノ内さんの現在の活動を聞かせてください。
個人の方から注文を受けてハンドメイドのニットを製作するのがメインです。他にも最近は美術館やギャラリーとコラボすることも増えています。直近では東京都美術館のエゴン・シーレ展と連動して、彼のポートレートのニットなどを作りました。ミュージアムグッズのバリエーションとして、ニットを作ってほしいと依頼していただく機会は多いですね。あと僕の名前は出さずに、洋服屋さんのOEMを作ることもあります。
−ベアブリックなどが人気のメディコム・トイさんとも協業されているようです。
そんなにリリースの頻度は高くありませんが、定期的に作っていますね。メディコム・トイさんが「KNIT GANG COUNCIL(ニットガングカウンシル)」というブランドを新たに立ち上げてくださって一緒に作っています。玩具メーカーと引っかけたブランド名を社長さんが考えてくれました(笑)。
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−メインとおっしゃっている個人オーダーの場合、どんなモチーフを編んでほしいという依頼がくるものですか?
やはりお客さんご自身が一番好きなもので依頼されますね。犬が好きな方はご自身が飼っているワンちゃんだったり、カート・コバーンが好きな方ならカート・コバーンだったり。一方で「え、これ?」っていう写真を編んでほしいと依頼されることもありますよ。最近びっくりしたのはお客さんのお祖母ちゃんが蟹を食べているカットの依頼。Twitterにアップしたら、このセーターについての取材が2件くらい来ましたね(笑)。
オーダー頂いて編んだ「カニを喰らう祖母」セーター。最高過ぎです?? pic.twitter.com/8vJXTw11C0
— 編み物☆堀ノ内 (@Amimono_Hori) November 24, 2022
デザイナーからニット作家を目指した理由
−堀ノ内さんが現在のようなユニークな作風のニット作家になるまでの経緯を聞かせてください。
僕は今55才なのですが、20代後半の頃にフリーのグラフィックデザイナーとして独立しました。ただ、ここ10年で少しずつ仕事がなくなってきたんです。とりあえず毎日ここ(事務所)には通勤するんだけど暇だな、みたいな(笑)。一日中ネットサーフィンしていてもしょうがないので、とにかく何かやろうと。
グラフィックデザイナーと並行してやれそうなものをあれこれ考えました。最初に思い付いたのはイラストレーター。僕はグラフィックデザイナーなので多少の絵は描けますが、うまい人はすでにたくさんいる。だからプロとしては成立しないんです。これから参入するなら、やっている人があまりいないニッチな分野を…と試行錯誤した結果、最後に編み物にたどり着いた感じです。
−そこで “編み物”という発想が出てくるのが堀ノ内さんの個性のような気がします。
それは本の影響が大きいですね。1980年代に出た橋本治さんという小説家の方が書いた「男の編み物 橋本治の手トリ足トリ(河出書房新社)」にはすごく影響を受けました。当時すでに山口百恵やデビッド・ボウイをモチーフにして編んでいたんです。「え、こんなの手編みでできるの?」という衝撃がありましたね。改めて読むと“編み物×グラフィック”という切り口はいいなあと。「やるならこれくらいやらないとダメだな」と一念発起したのが最初でしたね。
「これはもうダメだ」。手編みから家庭用編み機にシフト
−書籍の助けがあったとはいえ、いざ始めると大変だったのではないでしょうか?
実は完全な手編みで作っているのは最初の5着だけ。あまりに手間がかかりすぎるので、このやり方はもうダメだと悟りました。完全に心が折れましたね(笑)。そもそも趣味ではなく仕事にする気で始めているので、非効率過ぎた。やり方を模索する中で「家庭用の編み機というものがあるらしい」というのを突き止めて、千葉のカルチャースクールに半年くらい通って使い方を教えてもらいました。
−手編みと家庭用編み機で作ったニットはどう違うものですか?
まず編めるスピードが全然違います。手編みだと一着で一ヶ月かかりますが、家庭用編み機なら一週間くらいでできます。あと、家庭用編み機のほうがより精密に編めるんです。手編みだと5ゲージよりもっと粗くなるのですが、家庭用編み機だと7ゲージくらいになるかな。要は一目一目が細かくなるので、より精緻な表現ができるようになる。手編みの時は8ビットだったけど、家庭用編み機なら16ビットみたいな感覚ですかね。
−効率だけでなく、絵柄の解像度を上げる狙いも家庭用編み機にはあったのですね。
ありましたね。やはりオーダーをいただいた時に、より精緻に表現されているほうがお客さんもうれしいじゃないですか。よりリアルなほうがね。また手編みに比べて家庭用編み機なら色数も多く使えるので、表現の幅はかなり広がりました。
ファッショントレンドは意識しない。ニット作家としてのアイデンティティ
−堀ノ内さんの作品の見逃せない要素としてモチーフの選び方も挙げられると思いますが、何か基準はあるのでしょうか?
お客さんからのオーダーに関しては、人物でも動物でも、編める物はどんなモチーフでも編みます。ただ、自分の作品としては、やはりシンプルに自分が好きなもの、あるいは青春時代に好きだったものが中心になりますね。あくまでモチーフへの愛情ありきです。原点は「ブルース・リーをセーターにしたら面白いはず!」というところから始まっています。だってそんなの単純に見たことないじゃないですか(笑)。
あとはその人物にインパクトがあるようなフォトジェニックなモチーフは作ってみたい欲をそそられます。例えば70年代のパンクのアーティストなどはその後の時代の人に比べると躍動感があって絵になりますよね。少なくとも「最近流行っているみたいだから編もう」という動機で作ることはありません。
−ということはファッション的なトレンドはあまり意識されていないのでしょうか?
全くしないですね。アパレル側のほうに寄せてしまうと、僕の良さはなくなってしまう気がします。まあ、太刀打ちできないというのもありますが(笑)。そもそも、僕はかっこいいニットを作りたいわけじゃないんです。もちろん元はグラフィックの人間なので、かっこいい柄やパターンのニットもある程度は作れると思います。でもそういうのをやろうとしてもこっち側に引き戻されるというか。
−10年近くに及ぶニット作家としてのキャリアを振り返っての今の感慨はありますか?
まずひとつは単純にお金を稼がないといけなかった(笑)。まあそれはさておき、やると決めたからには、「自分はこういうことをやってます」というのをまずみんなに見てもらわなきゃいけない。とりあえず売れる売れないは置いといて、作り続けないと評価の対象になりませんから。なので、最初はとにかく作品作りに必死でした。
そうすると、少しずつオーダーしたいという声をいただくようになって。インスタには国境がないので、最初は海外の方が多かったです。そのうち国内でもギャラリーの方に声をかけていただけるようになり、オーダー会をやってみると意外と多くのお客さんが来てくれると。そうなったのはそう昔のことじゃなくて、一昨年とか最近の話なんですよ。
−堀ノ内さんの着眼点の鋭さだけでなく、最初に面白いと思ったことをブレずに続けてこられたことに感銘を受けます。
最初はグラフィックデザイナーの他に肩書きがあって、そっちから多少収入があればいいなというくらいでした。でも最近はグラフィックデザイナーを名乗る機会はほぼないですからね。今はもう、いわばフルタイムのニット作家。自分でもこうなると思っていなかったので、自分の中では驚きというか、奇跡でしかないですね。