富山県の北東に位置する黒部市。YKK黒部工場、黒部牧野工場やYKK AP黒部製造所、黒部越湖製造所、黒部荻生製造所が集中する合計171万平方メートルもの巨大な開発・製造のための一帯で、現在は約6400人の従業員が働く。 2016年には東京の本社機能の一部もここに移転をした。その他、YKKの“ものづくり”のひみつを見学できる「YKKセンターパーク」や著名建築家・槇文彦氏の設計による地域のための「前沢ガーデンハウス」、行政と組んで実験的な街作りを行う「パッシブタウン」「K-TOWN」などが次々と完成し、黒部は文字通り“YKKの街”になりつつある。 YKKは吉田忠雄が1934年にサンエス商会という名前で創業。当初はファスナー用部品を仕入れて加工販売する事業が主だった。当時は手作業のために慣れた職人でも1日100本の製造が限度だったが、1950年代にアメリカで主流となっていたチェーンマシーンを導入し、作業を自動化。その後、作業効率化のためにマシーンの独自改良を続け、現在に至る大量生産を可能にした。 YKKが世界に名前を知らしめるようになったのは、1970年代にアメリカ市場、特にデニム市場で評価されたためだと言われる。当時ファスナーの品質はもちろんのこと、デニムへの自動縫い付けによって圧倒的な作業効率化を実現したことで、米国3大ジーンズメーカーがこぞってYKKを採用。こうして、現在の地位を確立したわけだ。今日では材料や製造設備開発を含む一貫製造体制を構築し、2017年度には世界で95.3億本ものファスナーを販売するまでに成長した。
ファスナーは時代を経ても仕組みはほとんど変わっていない
こうした成長の一方で、YKKはある課題感を感じてきた。実はファスナー自体が時代を経ても、ほとんど変わっていないというのだ。もちろん新製品の開発や素材改良は日々行われているが、抜本的なファスナーの仕組みは何も変わっていない。今後の市場拡大のために、新しいファスナーを生み出すことも同社の重要な任務だ。そう主張するのは、次世代商品の商品企画を担う、YKKファスナー事業部アパレル戦略推進部商品戦略室室長の関雅彦氏だ。
こうした課題に対して、2017年4月には本社に席を置いていた商品戦略室のメンバーの大半が黒部に異動。300名強が在籍する商品開発部と机を並べ、新たなYKKの価値創造に取り組み始めた。植物由来のファスナーや土にかえるファスナーといったサステイナブルな製品を始め、キッズデザイン賞とグッドデザイン賞をダブル受賞した左右に引っ張るだけで閉めたファスナーが外れる“QuickFree®”という新技術、片手で開閉できるファスナーなど、実際にここ数年で商品開発は加速している。
「どんな製品でも何度も試作を繰り返してアイデアを試しています。開発部隊と日々、会話しながら新しいファスナーを生み出すべく活動をしている」(関氏) 加えて、今年5月には中長期的な商品開発のために感度の高い若い社員を中心とした委員会を設置。世界中のマーケティング担当から募った130のアイデアを精査し、来年度に向けて動き始めた。例えば、スポーツアパレル・メーカーの自動靴ひも調節機能を搭載したスニーカーにインスパイアされて生まれた“自走式ファスナー”が話題となったが、こうした革新的なアイデアに改良を重ね、実用化に向けて日々研究をしているのがまさにこのチームだ。 https://www.youtube.com/watch?v=OKzZb90Tfpw
量産を見据えた革新的なアイデアを探す
「新しいファスナーの概念を作り出そうというのが目的です。そのためには片手間ではアイデアは具現化できません。アイデアに対してきちんと事業化の目処を立て、売れるシナリオ作りをして、きちんと開発リソースを確保する必要があります。whatではなくwhyから商品企画を始めることが大切です」(関氏) つまり、これまでのように改良を加えたファスナーの開発にとどまらず、抜本的なファスナーの概念を変えるようなアイデアを生みだしながらも、製品化(つまりは量産体制)を見据えた商品開発こそ彼らに求められる。 「ファスナーの未来をまさに考えている段階。顧客から要望された開発ではないものでも、誰かが新しいことを考えていなければならないと思っています。時には社内でスタックしてしまうこともありますし、無難な方向に行ってしまいがちですが、そうならないようにするのが私の役目だと思っています。とにかく今の商品が陳腐化しないうちに新しい商品を投入することが大切で、我々の関連業界やモノ作りも、ものすごいスピードで変わって来て居り、生き残るためにもやって行くしかありません」(関氏) 「発明や創意工夫をこらし、常に新しい価値を創造することで、他人の繁栄につながり社会貢献できる」という創業者・吉田忠雄の経営哲学――「善の巡環」。脈々と受け継がれるこのYKK精神のもと、ファスナーの歴史を塗り替えるようなイノベーティブな商品が生まれるのも、そう遠い未来の話ではなさそうだ。