早稲田大学_林教授_正木教授

左:正木教授、右:林教授

運動するメリットは何か

――最初に、運動するメリットについて教えてください。

林:運動にはいろいろな効用があります。1つは体力を向上させること。もう1つは疾病の予防ですね。また精神面、心理面の改善などがあるのも分かっています。
私は生理学、特に循環系を研究しているのですが、1回運動すると強度にもよりますけれども、20パーセントぐらい脳の血流が増えることが、たくさんのデータから分かっています。また、加齢に伴って脳の血流はだんだん減っていくのですが、運動習慣のある人はない人に比べて、10パーセントから15パーセントくらい脳血流が高いといったことも分かっています。
脳血流がそのままクリエイティビティに直結するか簡単には言えないですが、脳に何らかのいい働きをしていることは十分に推察できます。

正木:心臓はポンプですから、平たく言えば運動すると脳の血流が増えますよね。脳が働くには酸素が必要なので、それを届ける血流は重要ですね。

――ウォーキングで脳血流を増やす効果は得られるものなのでしょうか。

林:ウォーキングのような持久的な運動はいいですよね。ジョギングもいいと思います。強度の高い運動ではなく、ある程度強度の低い持久的な運動を1時間ぐらいするのが効果的だと思います。そこに強度の高い運動を少し混ぜるとさらに効果的です。

運動がクリエイションに与える影響

考える

――運動することでクリエイションに得られることはあるのでしょうか。

林:哲学者のアリストテレスが「ペリパトス学派」というのを作って、みんなで歩きながら哲学の論議をしたという逸話があります。哲学はクリエイションなのかは分かりませんが、少なくとも、思考を研ぎ澄ませる点は似ていますよね。古くはそういったところから始まって、いろいろな人が散歩をしながら考えたりしていることから、科学的に証明されている訳ではないものの、クリエイティビティと運動には何らかの関係がありそうだ、と想像できますね。

正木:林先生の散歩の話は面白いですね。日本にも哲学の道がありますし、杉並区の妙正寺川沿いにも(ノーベル物理学賞を受賞した)小柴昌俊先生ゆかりの自然と科学の散歩みちがあります。私も「あの解析どうやったらいいだろう」と悩んだとき、職場近くの丘陵で1時間くらい歩いていると解決策をひらめいたりします。歩いているときにひらめく経験は、みなさんにもあるかもしれません。その理由を解き明かすキーワードの1つが血流なのかなと思います。

運動でアイデアの質や数に違いは生まれるのか

林:私の知る限り「質」についての研究はなかなかないと思います。体のベースの部分での研究、認知や感情では研究が進んでいますが、クリエイティビティとの研究はまだできていないですね。

正木:運動すると一過性に脳の認知機能も上がることが知られていて、何かひらめくときの背景にある仕組みかもしれません。でも質的にどうかというのは捉えにくいですし、測定が難しいこともあって、具体的なエビデンスはあまりないのかなと思います。「数」であれば数えればいいけど、その質の中身までは難しい。

――では、「アイデアが降りてくる」という表現がありますが、その確率は上げていけるものなのでしょうか。

林:なかなか難しいところです。クリエイティビティや発想を研究する手段がないというのが正直なところかもしれません。

正木:私も昔、脳波で調べようと思ったのですがなかなか捉えられなくて断念したことがあります。ただ「ひらめく」とか「アイデアが湧く」と言うときの脳の活動、脳の環境を整えるという意味では、もしかしたら運動は効果的かもしれません。つまり、運動して脳がひらめきやすい状態に持っていくという、土台作りに役に立つのではないかと思います。

それでもクリエイターは積極的に運動したほうがいい

ホワイトボード

――ここまで伺った話を踏まえ、持論で構いませんが、クリエイターが運動する意義はあるでしょうか。

正木:過去数十年にわたって、研究者は脳のどこの場所がどういう機能をしているかを一生懸命調べてきました。しかし近年は、脳のいろいろな部位が共同して働くネットワークが重要だということが認識されています。その1つに「デフォルトモードネットワーク」というものがあります。研究で分かってきたのが、寝ているときや目を瞑ってぼんやりとしているときに脳は休んでいると思い込んでいたけれど、実はそうじゃなかったという衝撃的な事実です。目をしっかり開き、集中しているときよりも、ぼんやりとしているときの方がより活発になっている領域が存在しているんです。
この状態を「アイドリング」と呼んでいますが、脳がアイドリング状態のときに「ひらめく」と言われているのですね。
ウォーキングのときには比較的ぼんやりとした感じで規則的に歩いていることがありますよね。このように有酸素運動をして、脳血流を増やしながらアイドリング状態に持っていった先に、ひらめきの数や質を高める可能性があるのかもしれません。
なので、クリエイターさんも煮詰まったら近くの公園なり、丘陵なり行って歩いてみるのがいいかもしれないですね。

林:最近は書店のビジネスコーナーでも、運動の本がいろいろあって、ビジネスマンに「運動しろ」というメッセージが出されていますよね。実際に社長さんでも運動している人は多いし、トライアスロンに挑む人もいる。
あるいはアメリカの大統領もみんな運動しているのですね。バイデン大統領は80歳ですが、演説台に走って登っているのを見ると、運動しているはずです。そうでなければ転んでいますから。トランプさんもゴルフをしていたし、オバマさんはジョギングを毎日のようにやっていたそうです。脳をハードに使う仕事の人は、みんな運動しているんだなと感じさせられます。クリエイターの皆さんも脳を使う仕事だと思いますので、ぜひ運動してもらいたいなと思います。