柔軟剤は作らない。ゼロから開発したオリジナル洗剤
―「リブレ ヨコハマ」の開業当初から、茂木さんたちは洗濯ブラザーズとして活動されていたのでしょうか?
いいえ、全くです。他の2人はともかくとして、そもそも僕はそんなの全然やりたくなかった(笑)。ただ、洗濯ブラザーズという自己紹介をするとお客さんに一発で名前を覚えてもらえる。その名前で活動することによって「クリーニング屋がベースにあるんだ」ということを知ってもらえるので、お店の認知を広めるための一環として活動しています。
―どんなコンセプトで活動されているユニットなのでしょうか?
僕らの基本的なコンセプトはナチュラルクリーニング。洋服というのはドライクリーニング推奨のタグが付いていることが多いのですが、それでも僕らはできるだけ水を使って洗うことを薦めています。ドライクリーニングに使われる石油はいずれ枯渇する燃料ですし、CO2の排出という面でも限界があります。
加えてオリジナルの洗剤もいろいろな種類を開発していて、ディリーに使える汎用性の高いもの、素材別の用途に合わせたものをそれぞれ用意しています。デニム用や濃色の衣類用、アウトドアウェア専用の洗剤もあります。実店舗は量り売りでも販売しているので、お客さんの8割方はご自分で容器を持って来店されますね。
―そもそも、なぜ個人のクリーニング店がオリジナル洗剤の開発に至ったのでしょうか?
僕らが手がけているクリーニングの中には、一般のお客さんの洋服だけでなく舞台衣装もあります。2007年にクリーニングの宅配をする店を横浜にオープンしたのですが、たまたま近くにあった劇団四季の本社から注文を受けたのがきっかけでした。徐々に口コミでコンサート関係者やスタイリストの方に店の評判が広まっていった感じです。
ただ、アーティストの特殊な衣装を洗うための洗剤は基本的に存在しません。自分たちで洗剤から開発しないと注文に対応できなかった。実際に仕事を受けつつ、同時進行で洗剤の開発を進めていました。
―慣れない衣装のクリーニングとオリジナル洗剤の開発を両立させるのは大変そうです。
そうですね。クレイジーケンバンドさんやシルク・ドゥ・ソレイユなどの衣装もお預かりしたのですが、ステージ上で激しく動くので汗、ファンデーションなどの付着が当然すごい。あとは夜中に受けた衣装を翌朝納品しなくちゃいけないケースもざらです。納品に求められる時間もタイトですし、リクエストはシビアですね。
―そんな厳しいリクエストに応えるために、洗剤の開発はどんなポイントを意識されたのでしょう?
基本的に僕らは柔軟剤という存在をなくしたいと思っているんです。洗ってすすいで脱水して終わりというのが一番効率的じゃないですか。ナチュラル処方かつ柔軟剤フリーという前提に立って洗濯のメカニズムを考えた時に、僕らが追求したのは浸透性でした。浸透性がいいということはつまり洗剤の泡切れがいいということです。
まずシュッとスプレーで汚れの部分にプレウォッシュという前処理をして、あとは普通に洗えばちゃんと汚れが落ちる。すすぎも一回でOKな洗剤を目指しました。汚れを落とすのはもちろんのこと、スピードも求められる中でクリーニングのプロとして最高のパフォーマンスをどう発揮するか。そのひとつひとつを解決するために、素材に応じた洗剤のバリエーションを増やしてきました。
汚れは蓄積する。アウトドア衣類も定期的な洗濯を
―確かにリブレの洗剤はそれぞれの細かい用途に応じて展開されています。今お手元にあるのはアウトドアウェア専用でしょうか。
そうです。一見ハードな印象があるアウトドアウェアも意外と繊細なディテールが多いんです。汚れが落ちやすいアルカリ性ではなく、あえて中性で開発しました。アルカリ性の強い洗剤を使うと生地のコーティングが取れたり、シームテープが剥離してしまったりする。とはいえ、皮脂汚れを残してしまうと、一般的なアウトドアウェアは撥水性が失われてしまう。いかに中性洗剤で汚れを落とせるかを追求した洗剤です。
―アウトドアウェアといえば、そろそろ時期柄ダウンをしまいたい方も多いと思います。やはりしまう前に水洗いをするべきでしょうか?
しまう前に洗うのはもちろんとして、理想はシーズンの半ばにも一度洗っておいてほしいですね。結局、汚れって蓄積なんです。目に見えていなくても、皮脂汚れは時間が経つと酸化して変色するから厄介です。昨日今日着ただけの時間が経過してない皮脂は変色しません。洗う際は汚れが付きやすい襟、袖口、ポケットなどを念入りにプレウォッシュしてください。
洗濯を変えれば、服選びが変わる
―洗剤のクオリティには並々ならぬ自信があるかと思いますが、安い値段ではないのも事実です。買い求めるお客さんはどんな方が多いですか?
基本的に安い服のために僕らの洗剤を買う方はあまりいらっしゃいませんね。ベースとなる石鹸の成分にもこだわっているので、アトピーなど肌の弱い方にも好評です。素材としては、コットンの服には特に適していますね。目に見えて仕上がりが他社と違うので、中毒性がある洗剤とも言えると思います。
―中毒性とは具体的にどういうことでしょうか?
例えば、白いTシャツはワンシーズンでダメになると思い込んでいる方が多いのですが、僕らの洗剤ならきちんと汚れが落ちるので、3、4シーズンは平気で着られます。そうなると服の選び方も変わってきますよね。
素材がよくない服にとって洗濯は単なる劣化に繋がるものですが、素材のいい服は適切な洗濯にちゃんと応えてくれます。どんな方も服はそれなりにクローゼットにお持ちだと思うので、その中で自分にとってのアーカイブとしてどんな服を残していくかを考えることも重要だと思うんです。
―服のアンチエイジングということにも繋がってきますね。
そうですね。服を長く着たければ正しい洗濯方法を知ることが一番の近道です。そう考えると、僕らが今後やりたいことはキシリトールガムが普及したことに似ているかもしれません。今では虫歯は治すものではなく、予防するものという考え方が当たり前になりましたよね。
それと同じく予防としての洗濯。汚れやシミが付いてからクリーニング屋に来るんじゃなくて、それをさせないためにクリーニング屋に行くと。まあ、こんなことを考えているクリーニング屋もあまりいないと思いますけど(笑)。
店は服好きが集まるコミュニティスペースにしたい
―家庭での洗濯方法を発信し過ぎると、クリーニングに出すお客さんの数は減ってしまわないのでしょうか?
まず、元々は一兆円規模だったクリーニング業界が今ではすでに2500億円程度に縮小しているという前提があります。その上で、お客さんとワークショップなどで話していて感じるのはクリーニング屋に対する消費者の不信感が大きいということ。大多数の人は洗う工程も知らない上に、その知らない部分に対してお金を払っている。
だから僕らはクリーニングの部分もできるだけオープンにしています。オープンにすることで信頼が生まれれば、クリーニングに出してみようと思う人も増えるのかなと。その一歩目が一般家庭の洗濯のリテラシーを上げることなんです。そもそも、洗濯に興味を持たない人はクリーニングに出すという選択肢も生まれませんからね。
―リブレの店舗ではクリーニングも水洗いによるウェットクリーニングがメインと聞きました。
お預かりする洋服の8、9割ほどは水洗いで対応できます。どういう方法でクリーニングしたかはタグを見れば分かるようになっています。どんな洗剤を使って洗ったか、襟や袖などの皮脂が付きやすい部分はどうケアしたかを記載しているので、裏を返せばご家庭でも洗えますよというメッセージですね。もし自分で洗う気が湧くようなら、うちの洗剤を買って洗ってみてくださいと。
―ドライクリーニングに比べて水洗いのクリーニングによるデメリットはあるのでしょうか?
シンプルな話、どうしても縮みは出やすいですね。水洗いのクリーニング屋さん自体は他にもあるのですが、縮んで返ってきたという話をお客さんからはよく聞きます。だからこそ、うちはお預かりする時点で服の寸法を全部測って、もし縮みが出た際はプレスを当てて復元します。その工程もお客さんに対してちゃんとお伝えしています。
―ありがとうございます。最後に今日お邪魔させていただいた「リブレ ミシュク」は洗濯ブラザーズにとってどんな場所にしたいですか?
服好きが集まるコミュニティスペースにしたいですね。家庭用の洗濯機を使っての洗い方も教えるし、試したい服があれば実際にここで洗濯もできる。洗濯を楽しんでもらえる洗剤やグッズも充実していますし、今ではアイロンまで販売しています。要は「洗濯って楽しい」と一度でも感じてもらえるきっかけが作れれば、そういう方はもっと上手くなりたいという向上心を持ってもらえるはずなんです。
取材中にも他のお客様がずっと洗濯のご相談をされていましたが、普通のクリーニング屋に30分とか1時間滞在するってあり得ないですよね。他の店ならお客さんはすぐ帰りたいだろうし、店員もいかに効率的にお預かりやお渡しができるかに神経を注ぐもの。うちはもう真逆なので、どうぞ何時間でもいてくださいと思っています(笑)。