アパレル業界にAI技術を提供する代表企業の一つにSENSYがあげられる。SENSYは2011年にスタートしたIT企業。2014年からはAIによるコーディネート提案ができるファッションアプリ「SENSY」を提供していた。2016年以降はこのAI技術をアパレル企業向けに利用してBtoB事業を加速し、導入社数を一気に増やしている。 そもそも一言にAIといっても、その種類はさまざま。画像を読み込んで理解できるような“画像認識”をはじめ、スマートスピーカーに使われる“音声認識”、自然言語処理を利用した“チャットボット”など、何を解析するのかによって、AIを分類することができる。SENSYが扱うのは“感性工学”と呼ばれる特殊な領域。簡単にいえば「人のセンスや感情を分析すること」だ。 「同じ商品を見て、可愛いと思うかどうかは人それぞれ。個人の感情を分析するのがSENSYです。アパレル企業が顧客全員の趣味嗜好を個別に把握することは難しいですが、AIが顧客ごとの好みを理解できれば、顧客にあわせた個別の提案ができるわけです」(SENSY代表取締役CEO 渡辺祐樹氏)
SENSY創業のきっかけは“不良在庫の山”だった
もともとIBMでコンサルティングを行っていた渡辺CEOは、クライアントであるアパレル企業の中期経営計画から、大量の余剰在庫があることに気が付いた。 「洋服は感覚的なコンテンツなので、トレンドが読みづらい。しかも、生産工程にはさまざまなプレイヤーが複雑に絡んでいて、生産も改善しづらい。だったら、顧客のファッションセンスを分析し、適切な顧客に洋服を提案することで、在庫が動き、業界全体が活性化するんじゃないかと考えたんです」(渡辺氏) SENSYが得意とする“需要予測”サービスはまさにこの発想から生まれた。“需要予測”といえば、過去の売れ行きや天候といったマスデータをもとに、統計学的に売れる商品の傾向を分析することが一般的。そこに顧客ごとの嗜好は関係しない。 一方のSENSYは逆のアプローチをとる。AIによって顧客ごとの好みを分析し、顧客の需要を足し合わせることで、シーズンごとの売れ行きを計算するのだ。そうすれば、より正確なニーズが見えるだけでなく、商品を求める顧客がすでにわかっているので、生産後のアプローチもやりやすい。 「例えば、昨年紫色の靴下が流行ったんですが、こうした需要予測を過去の傾向から読み取ることは非常に難しいんです。でも、SENSYでは、例えば、因果関係のありそうなスカートの丈やシューズの個人嗜好などから靴下のトレンドを予測することができるんです」(渡辺氏)
アパレル企業はAIをどう使えばいいのか?
では、AIによる需要予測システムを導入するとして、AIに対する免疫がないアパレル企業は何をすればいいのだろうか。 「たしかにAIの技術やシステム構成と聞くと身構えてしまいますが、AIが目指すところは『人間の脳をコンピューターで作ること』。1人の人間だと捉えればわかりやすくなります。企業導入時には必ずAIに関する勉強会を行いますが、『計算能力の高い新人が入ってきたと思ってください』と伝えるようにしています。 処理能力がいくら高くても、AIには最初何のデータもありません。導入企業のあらゆるデータを教えることで、少しずつ学習し、分析ができるようになるわけです。もちろんAIに直接教えることはできません。その翻訳のためにSENSYがいるのです。」(渡辺祐樹/SENSY代表取締役CEO) 企業が導入をする際には単なるサービス提供にとどまらず、プロジェクトチームを結成するというが、そもそも企業ごとにAI導入の目的は異なる。だから、チームメンバーも経営企画担当からIT部門、MDとさまざまで、組織を横断した一大プロジェクトになることもあるという。 「現在のAI精度がいくら高くても、まだまだ人間の代替になるわけではありません。だから新人君とも言えるAIはもっと社員とコラボレーションすべきです。計算や作業をAIに任せつつ、社員はアイデアや企画を出すなどのクリエイティビティ部分にもっと注力してほしい」(渡辺氏) AIでも間違うことはあって、その部分を社員がどう育成していくかが重要という。まさに新人教育に近い考えだ。実際にはAIだけでは分析しきれないような情報もあり、一部の情報を人の手でサポートすることで、さらに精度の高い結果が得られるわけだ。
アパレル業界における“AI導入元年”
ファッション業界ではすでに「セレクトショップや専門店など、アパレル企業大手約50社のうち、4分の1程度がSENSYを導入をしている」といい、2018年には導入企業数が前年の6倍に伸びたという。アパレル業界における“AI導入元年”はすでに訪れているのかもしれない。 「かつては情報収集止まりで、導入企業は少なかった。しかし、昨年から『使ってみた』という企業が増えてきました。うまくいかなかったという企業も出てきましたが、まずは体験を積んでみないとそれすら分からないですよね。試してみることで自社に足りないクリティカルなデータがわかり、改善できたという事例もあります。まだまだAIを使いこなすまでの道のりは長いですが、登山でいえば2合目くらいまで登ってきたような印象を受けています」(渡辺氏) SENSYを導入する企業が増えることで、SENSYとしてもアパレル業界全体の嗜好データが集まり、企業を超えたトレンド予測などの精度が格段に上がる。そうして、精度の高い分析データが企業に還元されるというまさにWin-Winなエコシステムが構築されつつある。 「1月には需要予測サービスが進化し、店舗ごとの分析までできるようになりました。店舗ごとの売れ行きを予測し、在庫分配や店間移動を提案することもできます。AIによってできることもかなり増え、サービスは完成形に近づいています。もちろん企業にあわせてスモールスタートもできるので、まずは少し触れてみるだけでも、経営に何らかの影響があるはずです」(渡辺氏)