創業1716年、奈良の麻織物の問屋から発展して、現在は全国に直営店を持つ老舗企業「中川政七商店(なかがわまさしちしょうてん)」。「日本の工芸を元気にする!」というビジョンを掲げ、全国各地の工芸の技をいかしながら、現代的なデザインを融合した雑貨の企画から販売までを一気通貫で行う。2016年に創業300周年を迎え、代々継がれる「中川政七」の名を襲名された中川淳社長に、100年先のものづくりについて話を伺った。
いつからか成長が止まってしまっていた”工芸”を現代の生活に合わせていく
麻織物を使ったハンカチや伝統産地の食器など、工芸の技術と現代的なデザインを融合させた生活雑貨は、幅広い層から人気。ものづくりから販売までを一貫して行う工芸のSPAモデルとして、メディアからの注目度も高く、業界を革新する「老舗ベンチャー」と呼ばれることもある。だが、中川社長は「そんなに特別なことをしているつもりはないんです」と話す。 「昔は生活に必要なものを自分で作っていたわけですが、時代とともに”作り手”と”使い手”が離れてしまいました。そうしていつからか工芸品は使い手の生活に合わせた成長を止めてしまい、現代人の生活や価値観にフィットしなくなっていた。でも、もともと日本の気候風土や生活様式のためのものづくりの技術ですから、現代生活にも通じる部分は絶対にあります。現代の使い手に必要とされるために、あるべき姿にデザインしているだけです」
人の手でしかできないこと、機械やテクノロジーが代われること
「手仕事の力を信じているからこそ、手でしかできないことは残しながら、手じゃなくてもできることは機械にしていけばいいと思うんですよね。例えば、和紙の産地でも、天日干しだったところを今は電熱に貼り付けて乾かしているんです。でも前後の他の工程は、やっぱり人の手でしかできないところもある。そうやって混ざっていくところがこれからの100年のものづくり現場においては必要だと思っています」 中川社長は、京都大学卒業後、新卒で富士通に入社。その後、家業の中川政七商店に入り、様々な場面で「システム化」や「ビジネス」の視点が足りないことに課題を感じ、現場リーダーとして少しずつ改革を促した。社長を継いでからは、小売分野でも先陣を切って資材在庫管理システムや展示会でのIT受注システムを導入するなど、テクノロジーを積極的に取り入れた経営を手がけてきた。 「展示会でも未だに紙で書いているところも多いですよね。ものづくりだけしていればいいのではなく、効率化すべきところは効率化していかなければならない。逆に何を残すかがブランドとしての哲学です。変えるべきこと、変えるべきでないことがあると思っています」
得も言われぬ”着心地”も、ものづくり技術があってこそ
小売メーカーとしての事業にとどまらず、業界全体として「産業革命」を推し進めるため、全国の工芸産地に入ってコンサルティングも行う。また、産地に人を呼び込むための「産業観光」の事業もスタートした。 「ビジネス的観点から言うと”製造力確保”ということになりますね。作る人や技術をきちんと残していかなければならない。服で言うと、見た目はほとんど変わらなくても、きちんとした技術や素材を使った”いいもの”は、長く着ていくと着心地や持ちの良さが全然違ってくる。そういったいいものをお客さんにも届けたいし、そのための技術はなくならないようにしなければと思います。技術のアーカイブなんかも、今後シタテルさんと一緒にできたらいいですよね」
作り手どうしがつながることで生まれる価値
「産地の中でも各プレイヤーが垂直統合することで、ブレイクスルーが起こっていくのだと考えています。繊維を作っている人と、縫製する人も近いようで実は全然違う。お互い知らないことも多いです。情報がきちんと行き交うようにしていけたらいいですね」 奈良の麻織物産地から始まった創業300年の老舗企業と、熊本の縫製産地から始まった創業3年のベンチャー企業。人の手とテクノロジーの融合で、共に見据える100年後のものづくりの未来は、明るい。