H&Mジャパンに、サステナビリティの実現・普及を目指す「CSRコーディネーター」という職種ができたのはおよそ3年前。具体的な業務は、社内スタッフの知識・関心を高めるためのトレーニングプログラムの作成やセミナーの開催などで、もちろん日本も例外ではない。昨年4月に就任したCSRコーディネーター・山浦氏があらゆる部署と連携し、社内のサステナビリティ推進をけん引している。
「サステナビリティという考え方自体はどの役職にも必要なもので、僕だけがサステナビリティを推進しているわけではありません。技術的な部分や社員の知識をフォローしつつ、社内外のサステナビリティな活動をつなげることが私の仕事です」(ヘネス・アンド・マウリッツ・ジャパンCSRコーディネーター 山浦誉史氏)
実は2018年時点で使用する素材の57%がサステナブル素材
山浦氏は2011年に入社。サステナビリティに興味を持ったきっかけは、H&Mが発行する「サステナビリティ・レポート」だった。H&Mは早くからサステナビリティに注力してきたことでも知られ、入社を希望する人々からも「ファッション企業で働きたい」という目的以外に「サステナブルな活動に惹かれた」という声が多いそうだ。
同社ではすでに全アイテムをサステナブルな素材で作るハイエンドな“コンシャス・エクスクルーシブ”コレクションを毎年2回販売しているほか、50%以上サステナブル素材を使用した商品につけられる“コンシャス”タグの活用や、I:Collectという世界屈指の規模と技術を誇るドイツの衣料品回収企業と提携して2013年に始めた古着回収プロジェクト、最近ではプラスチック製のショッピングバッグの紙製化と有料化など、事例をあげればきりがない。
「そもそも、H&Mのビジネスコンセプトが『ファッションとクオリティーを、最良の価格でサステナブルに提供すること』。サステナビリティ自体が企業文化と価値観に根付いているんです。もはやサステナビリティという言葉で、みんながつながっているように思います。また、生産工程に加えて、公正な雇用やダイバーシティの実現など、会社を持続するための働き方改革なども立派なサステナビリティです」(山浦氏)
その上で、同社は企業ビジョンとして「公正・平等な企業でありながら、循環型のファッション産業への変化を導くこと」をうたい、イノベーションの奨励と透明性の実現を目指している。循環型のファッション産業という点では、2020年までにコットンを全てサステナブル素材に切り替え、2030年までに全ての素材をサステナブルに素材に切り替え、2040年までに会社として“クライメット・ポジティブ”を実現する計画だ。
“クライメット・ポジティブ”というのは、事業によって環境にプラスの影響を与えられる状況を目指すこと。今シーズンの“コンシャス・エクスクルーシブ”では藻からできたソールを使ったサンダルを販売しているが、藻をろ過する段階で1足あたり112.5Lの水が浄化できるといい、これはまさに“クライメット・ポジティブ”な活動といえる。
4000店舗以上で発売する今春のスプリング・コレクションに関しては、はじめて全てのアイテムをサステナブルな素材で生産したといい、2018年時点で使用する素材の57%がサステナブル(もしくはリサイクル)素材になった。コットンに限ればすでに95%がサステナブル素材だ。
「ラナ・プラザの事故などが契機となって、社会的関心が高まりましたが、そもそも、資源を使って洋服を作り、捨てられるという一方通行では資源がもたなくなることは明白でした。循環型の経済に転換することも必要だし、消費者を巻き込むことも重要です。グローバル企業として、H&Mには多くの人にいい影響を与えられる可能性があると思うんです」(山浦氏)
毎年1億円以上の助成金を投下する「グローバル・チェンジ・アワード」
H&Mグループの創業者であるアーリン・パーションの息子で主要オーナーのステファン・パーション一族が生み出した非営利団体のH&Mファンデーションは、2015年に循環型につながるアイデアを募集する「グローバル・チェンジ・アワード」をスタートした。毎年5つのアイデアを選考し、受賞5チームには1年間のイノベーション促進プログラムとともに、なんと合計100万ユーロ(1億円以上)の助成金が分配される。今年度は182カ国から6640件ものエントリーがあった。今年ははじめて助成金以外にも消費者から資金を募るためのクラウドファンドを実施した。
今年度は同アワードの次点に当たる“アーリーバード賞”を日本人が初受賞したことも大きな話題となった。人工知能を活用した廃棄物ゼロの新しいパターンメイキングのシステムを研究する川崎和也、佐野虎太郎、清水快、藤平祐輔の4人によるSynfluxというチームだ。
(Synfluxの記事はこちら)
同アワードでは、単なるアイデアにとどまることなく、プログラムを通じてアイデアを事業化することを目的としている。実際にシチリア島の工場と提携して廃棄されるオレンジの皮を再利用した“オレンジファイバー”(初年度の受賞アイデア)はこれまでFERRAGAMOにその繊維が採用されたり、今年はH&Mでも“コンシャス・エクスクルーシブ”で使用されている。アイデアの権利や知的財産権をH&Mが持つことなく、事業拡大を支援するという姿勢だ。
日本人はサステナビリティへの意識が低いのか?
欧米と比べると、まだまだ意識が低いと言われることの多い日本だが、国内外のサステナビリティをよく知る山浦コーディネーターはどう感じているのだろうか。
「たしかに日本では、サステナビリティという言葉が広く言われるようになったのも最近で、まだまだ言葉として理解されていない部分はあります。でも“もったいない”文化や日本ならではの循環性は昔から存在していて、技術やアイデアもたくさんあるので、個人的には決して遅れているとは思いません。サステナビリティとは、どんな業界においても、自分たちのビジネスを続けるために必須な考え方で、難しく考えずに、スタンダードに取り組むべきだと思うんです」(山浦氏)
今後のさらなる普及のために必要なことを聞くと、こう教えてくれた。
「大切なことはローカライズです。もちろんH&Mとしてはグローバルで一貫した取り組みをやっていますが、日本には日本のやり方が必要。例えば、多様性に関して考えるときに、他の一部の市場では人種差別が叫ばれることがあっても、日本では女性の活躍などに注目が集まりますよね。僕としては日々更新される情報を追いながら、よりローカルな、日本のお客様、スタッフに関わりのあることをやっていけたらいいなと思います」(山浦氏)