舞台には音楽と”絵”が同時に存在する

ー多方面で活動する田中さんですが、どの領域からキャリアをスタートさせたのでしょうか?

田中:実はほぼ全ての活動を同時にスタートしたのですが、初めに意識していたのは舞台演出家でした。両親が二人とも音楽関係の仕事に就いていたこともあり、子供の頃から音楽に興味があったのに加え、絵を描くことも好きだったので、絵と音楽、どちらの世界に進もうかな、と漠然と考えていました。

そのような迷いを持ちつつ、14歳の時に出会ったのが、演出家のハロルド・プリンスが手がけていた劇団四季のミュージカル「オペラ座の怪人」でした。音楽に合わせて人々が織りなす”絵”が動いている美しい世界を見て「これだ!」と思い「この世界は誰がつくったんですか?」と劇場の方に聞いたところ「演出家ですよ」と言われ、舞台演出を志すようになりました。

 

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クリエイターの田中秀彦さん(Photo by Masataka Nishi)

ー舞台演出と並行して、コスチュームデザインなども手がけるようになったきっかけがあれば教えてください。

田中:高校卒業時に演出家になるための勉強をしたいと考えたのですが、当時は舞台演出家のための専攻というものがあまりなくてどうやって進めばいいのか悩んでいました。関西には舞台関係の専門学校や大学が少ない上に、中身を見てもイメージと少し違ったので目標にはなりませんでした。

その中で見つけたのが、現在教鞭を取っている成安造形大学(せいあんぞうけいだいがく)の母体となった京都成安学園・成安造形短期大学の服飾芸術コースでした。美術系短期大学で身体と服飾と空間を扱う、というコースの内容に非常に興味を持ったのと、演出もしつつ戯曲も書いて自身も舞台に出演する野田秀樹さんに憧れていたので、演出と衣装と空間をデザインできる演出家を目指したい、という思いから「演出と服飾芸術の両方を手がけられたらな」と考え始めました。美大在学時には、服作りから演出までを手がけたファッションショーやダンスパフォーマンスを繰り返し開催していました。

大学卒業後も舞台演出や衣装制作のほか、時には自身が出演もする舞台を企画して上演するプロジェクトを進めました。シェイクスピアやモリエールなどの古典戯曲を現代的に解釈して、自分達の感覚で衣装と美術をデザインして上演するクリエイターチームを拡大していきました。そのうち「うちの劇団にも衣装を作ってほしい」とか「ファッションショーの演出をしてほしい」というオファーをいただくようになって、下積みを重ねて気づけば仕事になっていきました。その時に出会ったダンスやマイムのコレオグラファーの方々や、スタッフの先輩方に舞台のいろはを教えてもらったり、様々な企業の方々に実験的な企画に声をかけていただき、舞台演出とコスチュームデザインの仕事を継続することで今に至っています。

 

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約50着をひとりで制作することに挑戦したミュージカル衣装(写真提供:田中さん)

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ギリシャ彫刻をドレープだけで表現したマイム公演衣装 いいむろなおきマイムカンパニー/兵庫県立ピッコロシアター (写真提供:田中さん)

ーこれまでの活動の中で、転機となったような出来事があれば教えてください。

田中:今思うと、10年くらいのスパンで転機が訪れているように感じます。14歳の時に人生を変える舞台作品に出会って演出家を志望するようになり、25歳の時には憧れのパリに短期滞在が叶いフランスの舞台芸術とファッションに多く触れる機会をいただき、10年間も夢に見たオペラ座に訪れました。35歳の時には、母校の成安造形大学から教員のお話をいただき、美術大学でコスチューム研究と教育に携わることになりました。美大時代には、学生と対等に向き合いながら自身も創作活動をしている恩師たちに憧れていたので、お話をいただいた際はとても嬉しかったです。今でも恩師からバトンを受け取った気持ちで、学生たちと切磋琢磨して取り組んでいます。そして45歳で、私のライフワークとなるUDAGAMI COSTUMEの宇陀紙をつくられている福西和紙本舗さんと出会うこととなります。

 

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福西和紙本舗の宇陀紙からUDAGAMI COSTUMEが生まれる(Photo by Masataka Nishi)


いまはその成安造形大学で、「コスチュームデザインコース」という4年制の美術系大学では日本初で唯一の「非日常の衣服」に特化した研究教育機関を立ち上げて、伝統的な染色技術や機織りに始まり、立体裁断や縫製技術、鉄工木工樹脂といった異素材加工、3Dプリンターやレーザーカッターなどの科学技術も駆使した新しい服づくりを提案しています。学生たちが公共劇場のミュージカル舞台公演の衣装を手掛けたり、コンテンポラリーダンス公演の衣装デザインを担当したり、イナズマロックフェスなどの音楽フェスや神戸ファッション美術館での展示会などにも参加して活動の場を拡大しているところです。

最近では阪急百貨店うめだスークさんとの共同事業として、産業廃棄物であるアパレル資材を引き受けてコスチューム学生たちがリメイクし商品化して実際に販売するプロジェクトに取り組んでいます。

 

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阪急百貨店・阪急うめだ本店10階スークにて。成安造形大学コスチュームデザインコースが手がける「アパレル破棄資材のリメイクファッションプロジェクト」

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株式会社SHINDOのリボンを使った学生作品

mudamorphose_4実験段階で生まれた面白いデザインや、失敗作から発展したアイデアなども積極的に店頭に並べ、店舗をアトリエに見立てて、その場で創作しながら販売も行ったところ、大変反響があり、学生たち自身が驚くほどの売上がありました。今後も継続する予定ですので是非新たな出会いがあれば嬉しいです。

 

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舞台衣装やコスチュームアートとして生まれたデザインアイデアをデイリーウェアに変換して販売している

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店舗内で美術大学実習室と同じように実験制作を行い、そこで生まれた作品を商品としてそのまま販売もする試み

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プロモデルやダンサーのパフォーマンスを店舗で行うことで「日常=アパレル店舗」に「非日常=舞台」を持ち込む企画で来場者にコスチューム作品の表情を見せる

「布」が「服」になる瞬間

ーコスチュームデザインにおいて、どのようなところからインスピレーションを得ているのでしょうか?

田中:演劇であれば原作となる戯曲、ダンスであれば振付はもちろん、ダンサーの体つきや筋肉の使い方、呼吸の方法といった身体の情報からイメージを拡げていきます。音楽も大切なので楽曲やリハーサル録音などを聞きながら作業をすることが多いです。パフォーマーの雰囲気を掴みやすくなり、よく手が動き、デザイン画を描くにも制作するにも作業が進むからです。困った時には必ず原点に戻ることを心がけています。演劇であれば戯曲を何度も読み返し、ダンスであればとにかく音楽と振付とダンサーの動きに立ち返って考え直します。最終的には「誰に着せることで、どのような時間と空間が立ち上がるのか」のイメージが湧いた時に、衣装の全体像が定まってきます。

コスチュームデザインをするときはいつも「布はいつ服になるのか?」を常に考えているのですが、誰かが「着る」という想像をした時こそが、布が服になる瞬間だと思っています。目の前にあるただの布を、誰かが着てみたいと思った瞬間に、その布が服になり始めるのです。

 

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成安造形大学コスチューム学生による実験的なパフォーマンス(写真提供:田中さん)

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学生のコスチュームアートから生まれる身体表現を探った(写真提供:田中さん)

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四角い布だけで構成しペンキで書を施したダンス衣装(写真提供:田中さん)

ーコスチュームをデザインする際、意識している点を教えてください。

田中:どのような衣装を作るのか、というよりは、衣装を使ってどのような演出を提案できるのかを常に意識しています。振付や動作を生み出す衣装、性格や感情が湧き上がる衣装、存在や役割の意味が形になったような衣装を創作できれば、衣装が演出を生み出すことができると思っています。

 

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数十種類のハギレで構成したオーダードレス(写真提供:田中さん)


コスチュームデザイナーでアートディレクターでもある敬愛する石岡瑛子さんの言葉に「コスチュームデザインはプロダクションデザインに影響を及ばさなければいけない」といったものがありまして、強い教訓にしています。衣装とそれ以外の分野が分離して存在しているのではなく、衣装が舞台美術や音響、照明といった空間に深く関わっていかないといけない。ファッションの技術を専門的に学んでいない僕としては、ただ綺麗なだけの衣装よりも「この衣装だからこそ、この舞台作品が存在している」「コスチュームそのものが空間をつくりだしているような作品を作っていきたいと思っています。

ーこれまで制作してきたコスチュームの中で、思い入れのある作品があれば教えてください。

田中:舞台の音響や照明のスタッフの方々がよく仰ることなのですが、物語を重視する舞台だと、目立って印象に残るスタッフワークを作ってしまったら失敗、という話があります。印象に残らないことこそが重要、と。そういう意味では舞台衣装も同じく、デザインをアピールするための場所ではなく、全ての要素の組み合わせで最高の状態にするのが目的です。ファッションショーであれば別ですが。なので「この衣装だから舞台全体のコンセプトとバランスをうまく成立させられたな」「このスタッフワークだからこそ、このキャスト陣だからこそ、この衣装ができたな」と思える衣装が、忘れられないものになっていきます。舞台は巨大なグループワークなので、やはり「その座組だからこそ到達できたクリエイションだ」と実感できた時が、一番嬉しい時です。それでも僕自身は「僕の衣装いいでしょ?」と思ってしまうことが時々あるので、まだまだ未熟なんですけどね(笑)。

そして、今はやはりアオイヤマダさんにお召しいただいた宇陀紙コスチュームシリーズが、自分自身が毎回感動するほど、一点一点とても思い入れがあります。自分自身が創作したはずなのに、アオイさんに着てもらった瞬間に、衣装に命が吹き込まれたように活き活きと動き出して、トルソーに着せていた時にはわからなかった凄い表情が次々と飛び出すので一気に動悸が上がります。さらにヘアメイクアーティストの富澤ノボルさんの魔法のようなヘアメイクで、アオイさんの身体と宇陀紙コスチュームが一体となって目の前に立ち上がっていく姿は奇跡のような瞬間です。

宇陀紙コスチュームが誕生するきっかけとなったパーカッショニストのスティーヴエトウさんのために制作させていただいた一体目の宇陀紙コスチュームも忘れられません。河瀬直美監督が主催されている「なら国際映画祭」で、奈良県春日大社でのパフォーマンスのために制作させていただいたのですが、初めてなので手探りで制作しながらも、これまでにないほど興奮しながら一気に完成させたのを今でも覚えています。スティーヴさんに初めてお召しいただいた時の「和紙がコスチュームになった」という感動は忘れられないです。

 

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田中さんが手掛けた衣装を着るダンサー・俳優のアオイヤマダさんとパーカッション奏者のスティーブエトウさん(「iichiko Design Week 2024」レセプションパーティーにて)

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田中さんが尊敬するアオイヤマダさんとスティーブエトウさんと共に

ヨーロッパと日本で異なる「日常の衣服」と「コスチューム」の関係

ーコスチュームデザイナーの観点から、普段人々が着るような「衣服」において着目しているポイントなどはありますか?

田中:よく「コスチューム(舞台衣装)は表現が自由」で「ファッションは機能性重視」というようなことを言われることがあるのですが、実は逆なんじゃないかと思っているんです。日常の衣服には、ある種の”無駄”が許容されることが多いですよね。「何のために付いているの?」とか「その柄必要?」と思わされるデザインも、ファッション業界ではつくる人、着る人が自由に決めることができます。ですが、舞台での身体表現のために作られたコスチュームは、素材や色や柄や形、装飾にもすべて意味や機能があり、”無駄”が多すぎると表現の妨げになるので削ぎ落とさなければなりません。「ただかわいいから」とか「なんとなくおもしろいから」というデザインでは、コンセプトの邪魔になったり、他のスタッフワークと整合しなかったりします。また、動きを制限するデザインもダメですし、小道具やトリックを仕込まないといけない時もあったりで、実は制限がかなり多いのがコスチュームの世界です。なので、必要不可欠なデザインに絞りつつ豊かなイメージを構成していくことが大切になってきます。

一方で、日常の服は”無駄”があってもおしゃれを楽しむために着ることができます。なのでヒントがたくさん隠されていることがあります。街ですれ違う人の服を見て「この柄と形の意味は?」といった装飾的な意図をふと考えたり、服屋さんで「面白い形をしているけれど着たらどのような形になるんだろう?」と気になったら、資料として購入したりすることもあります。

mudamorphose_6ー「日常の衣服」と「コスチューム」にはどのような関係性があると思いますか?

田中: 日常のファッションと舞台のコスチュームの関係性はヨーロッパと日本で大きな違いがあると思ってるんですよ。ヨーロッパでは「シャネル」や「ディオール」、「サンローラン」「ジバンシィ」「ゴルチエ」など、数々の有名デザイナーが当然のようにダンスやオペラや映画の衣装を手がけていて、コスチュームとファッションデザイナーは密接な関係にあります。素晴らしいファッションデザイナーは皆、舞台衣装を手掛けることで新しいインスピレーションを受け、そこで生まれたデザインを自分のブランドのコレクションに反映させています。つまり、日常の衣服とコスチュームがお互いに影響しあってデザインを発展させているんです。ダンスの振付家や舞台演出家、俳優やダンサー、オペラ歌手、照明家や音響家、舞台美術家たちと切磋琢磨して作り上げる舞台で刺激を受けて、新しいデザインを生み出すエネルギーにしてきたのではないかと思うんです。

また、ヨーロッパの子供たちは日常的に家族で舞台鑑賞に出かけたり、学校から劇場での鑑賞プログラムが教育に組み込まれていたり、小学校や中学校で卒業課題に演劇制作が設定されていたりするなど、文化的な基礎教育に身体表現が組み込まれている社会です。日常のとても近いところに舞台芸術があり、生活を豊かなものにしているのも素敵だなと思います。

 

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フランス・パリの街中で行ったパフォーマンス(写真提供:田中さん)

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即興的に創作したドレスでパリの街を歩いた(写真提供:田中さん)


一方で日本では、歌舞伎や能、狂言といった古典芸能が生まれた時代では近いはずだった舞台衣装と日常の衣服が、現代では分離しているように思います。ファンタジーとリアルが衣服で地続きになっていたはずが、今の日本社会では舞台芸術と日常のファッションは遠く離れたところに存在している気がします。明治維新でファッションにも影響を及ぼした近代化・西洋化や、産業革命で大量生産が可能になったことによる衣服のデザインの変化などが背景にあるのかもしれません。ハレとケが、もっと背中合わせで、近いところでお互いに刺激しあって影響しあえば、より面白いデザインが発展していくのではないかと思います。

そういった中で、僕が衣装に活用している宇陀紙をはじめとする和紙はとても興味深い素材だと思っています。現在でも必要不可欠に生活のあらゆるところで活躍している紙は、あまり知られていませんが江戸時代には「紙衣(かみこ)」として、衣服にも使用されていたんです。その和紙を、舞台衣装に活用することで、コスチュームと日常の衣服との関係に新しい化学反応が起きるといいなと思っています。もしかしたら、宇陀紙を日常のファッションとして提案できる日も遠くないのかもとワクワクしています。

 

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