土地の文化と自然とがつながる宿
古宇利島は、沖縄本島から車で行ける離島として地元から愛される人気のスポット。サトウキビ畑や伝統的な古民家など沖縄の原風景をとどめながらも、近年ではカフェやラグジュアリーな宿泊施設も増え、沖縄の新たなリゾート地として注目を浴びている島だ。
エメラルドグリーンの海にかかる大きな橋を渡り、海沿いにしばらく車を走らせると見えてくる低層の木造建築が、2024年9月にオープンしたYAWN YARD Kouri Islandだ。
YAWN YARDを直訳すると“あくびの庭”。「泊まれる庭」をコンセプトにしており、大きなあくびをしていただけるような、おおらかな施設にしたいという思いがあります」と話すのは、支配人の古田真さん。全8室のヴィラタイプの客室は、海側の(sea)エリアに5室、少し離れた丘にある(hill)エリアの3室からなる。古田さんの言葉通り、客室には、海を望む“庭”とプールが設えられているのが特徴だ。
プロジェクトディレクターとして施設の立ち上げに携わった株式会社GOODTIME代表の明山淳也さん曰く、ベースとなった最初のコンセプトは「サステナブルラグジュアリー」だったという。
「事業の企画運営をしているカシワバラグループより相談を受けた時に提案したものです。エコと贅沢さって、一見相反するように思えますが、これからの時代には持続可能なもの、循環していくものの中にこそ本質的な豊かさがあるのではないかと考えました。ラグジュアリーなホテルは他にもありますが、暮らしと地続きで肩肘はらずにくつろげる贅沢な空間を提供できるのは、これまで“住”を提供してきたカシワバラグループだからできることだと思います」(明山さん)
肩の力を抜いて自分らしくくつろげるラグジュアリーを
建築・設計を手掛けたのは、有限会社スキーマ建築計画 の長坂常さん。檜造りの建物は、島の景観の邪魔をせず、もともとそこにあったかのように馴染んでいる。シンプルな外観は一見するとホテルらしくはないかもしれない。
一歩部屋の中に足を踏み入れると、まず驚くのがその開放感だ。大きな窓から見える島影や海と空のコントラストは一枚の絵のよう。窓からは陽光が差し込み、小屋と小屋をつなぐ大きな屋根の下の半屋外のダイニングスペースには、部屋の窓から自由に行き来ができる。
外と中の境界が曖昧で、風が通り抜ける作りは、沖縄の古民家にヒントを得たという。
沖縄の古い家屋は玄関がなく、縁側から客人を招き入れたりそこでお茶を出したりする。その縁側には日光や雨が家の中に入るのを防ぐための雨端(アマハジ)と呼ばれる庇があるので、夕涼みをしたり休憩をしたりするのにピッタリなのだ。沖縄の人にとって縁側はコミュニケーションの場であり、くつろぎの場所。この半屋外のスペースもまさにそんな空間だ。
客室の内装はシンプルでスタイリッシュ。しかし、小上がりの和室の畳は琉球ビーグを使用していたり、テラスに赤瓦色のダイニングテーブルがあったりと、沖縄らしさがさりげなく配されているのだ。
「半屋外に設置しているダイニングテーブルやチェアなどは、スキーマさんと県内のデザイナーさんが協力して作ったオリジナルの家具です。現地の方に参加していただくことで、よりYAWN YARDらしいものが出来上がったとおもいます」(古田さん)
古田さんが特に思い入れがあるのが、土間づくりのリビングに静かに鎮座する琉球石灰岩のカウンター。簡易的なキッチンも兼ねており、YAWN YARDを象徴するアイテムのひとつだ。
「沖縄本島南部で採掘された琉球石灰岩を、岩の個性を活かしながら加工し、古宇利島まで運んできました。こんな大きな岩をどうやって室内に運びいれるのか不思議じゃないですか?屋根や壁を作る前にクレーンで吊るして設置したんです。実は私、大石林山(※北部にある熱帯カルスト地形が見られる場所)がお気に入りで岩を眺めるのが好きでして(笑)、なので岩を運び入れる作業に立ち会えた時はとても感動しました。まだ何もない場所にこの琉球石灰岩のカウンターだけが置かれた状態はどこか神々しくて、ここから始まるのだなとグッときたのを覚えています」(古田さん)
庭にはところどころに大きな岩が配されているが、もともとそこに合ったものを活かし、それに合わせて設計をした部分もあるという。坪庭にも琉球石灰岩の玉砂利を使用するなど、沖縄の自然に馴染むようなデザインの心配りが随所にちりばめられている。
自然を眺めながら自由に過ごす。それが極上のアクティビティ
大きなホテルだとオーシャンビューといっても海が遠くに見えることもあるが、YAWN YARDは自然との距離がとても近いところが大きな魅力だ。
「好きな時にお昼寝をしたり、庭にでて散策を楽しんだり、プールに浮かびながら空を眺めたり。プライベートな空間ですので一人静かにも過ごせますし、家族や大切な仲間と賑やかにお過ごしにもなれます。時の流れはゆっくりなのに、ヤンバルの自然を眺めているだけで何時間でも過ごせてしまう。古宇利島の自然に馴染むような、そんな時間をゲストに過ごしていただきたいですね」(古田さん)
沖縄観光でよく課題として挙げられるのが、雨の日の過ごし方だ。天気が悪いとマリンレジャーができないし、空も海もどんよりして“沖縄らしさ”が薄れてしまう。しかし、YAWN YARDに宿泊したゲストからネガティブな声は聞かないという。
「強く雨が降った日があって窓を閉め切っていたのですが、そのゲストの方はテラスで椅子に腰掛けてゆっくり本を読んでいたんです。ときどき景色に目をやりながら、『ここは本当に、ずっと自然を楽しめるね』とボソッとおっしゃてくださって。自然をダイナミックに感じることのできる建築デザインの力だなと感じました」(古田さん)
晴れの日があれば雨の日もある。空模様も古宇利島の自然の一部。取材に訪れたこの日も、空の表情はコロコロ変わっていた。スコールがばっと降ったかと思えば、数分後には晴れ間がのぞき、空に虹がかかる。雲はどんどん流れ、夕方になると青かった世界が一転赤く染まり、日が沈めば真っ暗な世界に星が瞬く。一刻として同じ景色はない。YAWN YARDにいると、庭の向こうに広がる空と海を眺めているだけでも極上のアクティビティになるのだ。
故きを温ねて新しきを知る。“伝統”と“今”を表すYAWN YARDの食
沖縄に古くからある伝統的なものを、新しい解釈で、時代にあった形で提案する。それは、食についても同じだ。
YAWN YARDにはレストランがない。食事は部屋や半屋外のダイニングで提供される。朝食、夕食はそれぞれ3種類のメニューから選ぶことができ、どれも趣向を凝らしたものばかりだ。メニューを手掛けたのは、沖縄県出身のフードデザイナー ・上江田崇さんだ。
「島野菜や魚など、島の食材は季節によって全く異なります。庭(ゲストルーム)から見える場所で採れた旬の食材をゲストに味わっていただきたいので、施設から半径70km以内で採れた食材を主に使用しています。また、沖縄の文化自体が外からいいものを取り入れて独自の文化に昇華してきた、いわゆる”チャンプルー文化”です。私たちが提供する料理は、伝統的な琉球料理そのものではありません。しかし、地元の湧水で育ったクレソンと沖縄在来豚アグーの流れをくむ島豚をしゃぶしゃぶで提供したり、沖縄の家庭料理であるぼろぼろジューシー(沖縄風雑炊)を昆布だしとさんぴん茶(ジャスミン)でアレンジしたり、焼き鮭にはお隣の屋我地島の塩を使ったりと、沖縄の食文化や伝統を感じられるメニューにこだわっています」(古田さん)
「庭からみえるヤンバルの風景」をそのままいただく。なんて豊かな食体験なのだろう。
このプロジェクトへ参画することが決まった上江田さんが、まず行ったのが梅干しを漬けることだったと、古田さんが教えてくれた。
「朝食で提供している梅干しは、上江田さんが2年ほど漬けたもの。県産の梅は収穫の時期がすごく限られているので、今年の梅は料理長が買い付けに走り、無事仕込むことができました。来年からは、自分たちで漬けたものが提供できると思います」(古田さん)
小鉢の一皿一皿に、ゲストを思う心が詰まっているのである。
上品さと動きやすさを備えた上質なオリジナルユニフォーム
YAWN YARDのスタッフが着用しているのは、シタテルで制作したオリジナルのユニフォームだ。YAWN YARDをブランド化していくにあたり、施設の世界観を伝えるデザインと、機能性にこだわった。
「シタテルの担当者と議論を重ね、いろんな提案をしていただきました。私たちはゲストをもてなすホテルマンですが、あくまで裏方で、庭の管理人でもあります。品を保ちつつも動きやすさや機能性を考慮していただきました」(古田さん)
スタッフの仕事は、庭の手入れや清掃作業など、意外にも屋外での作業も多い。また、沖縄という土地柄、夏は暑く、冬も温暖なので一年中汗をかきやすい環境にある。
「デザイン性が高すぎるものだとゲストから『暑そうですね』と心配されてしまうんです(笑)。シンプルなデザインを提案していただきよかったのですが、グレーの生地でしたので汗染みができないか心配になりました。しかし、いざ着てみると、さらりとした軽い着心地で汗染みも全く気にならないので驚きました」(古田さん)
袖をまくったときに止めるボタンは、作業がしやすいだけでなく見た目的にもカジュアルになりすぎない。また、性別問わずに着用できるデザインで、男女問わずにスタッフから好評だという。
「オールシーズン着られますし、首元にボタンがなく締め付けられないところもいいですね。ホテルの設計もそうですが、カシワバラグループの社風がおおらかなんです。ホテルマンらしさを損なわず、そういうおおらかな部分もデザインに反映されているような気がして、とても気に入っています」(古田さん)
もう一つの我が家のように。島に馴染み成長していく宿
YAWN YARDの庭には、サクナ(長命草)、イーチョーバー(フェンネル)などの島野菜や、シークヮーサーやクルチ(黒木)など、沖縄らしい野菜や木々が植栽されている。今はまだ小さいが、畑も木々も数年後には今より大きく成長しているだろう。
「地域社会と関わりあいながら、沖縄の良いところを残し伝える場所でありたいですし、新しい取り組みをされている地元の方達を応援するプロジェクトにもしていきたい。でも、まずは長く愛される施設になること。いいあくびをしてリフレッシュして、それぞれの日常に戻られても、しばらくしたらまた、YAWN YARDで休みたいなと思っていただけたら嬉しいですね。この庭もどんどん賑やかになっていきます。ゲストの方に庭で収穫体験をしてもらったり、ここで採れた食材で食事をお出ししたり、より特別な体験が提供できたらいいですね」と古田さんが語れば、「庭が育つことでゲストの人生にもっと溶け込むと思う」と明山さんも言う。
「年数が経つほどに愛されるのがいいホテルだと思うんです。今後、庭はもっと豊かになっていくと思いますが、訪れるたびに成長していく木々にストーリーを感じていただけると思います。よそゆきの自分ではなく、ここでは本当の自分で自由にすごせる。もう一つの我が家のように、何度も訪れてもらえるような宿になってほしいですね」(明山さん)
土地の文化を尊重・継承しながら、豊かな時をゲストに届ける。古宇利島の自然に抱かれた小さな庭は、時を重ねるごとに土地に馴染み、島にもゲストにもなくてはならない存在になっていくのだろう。
「衣食住」という言葉が示すように、衣服・食べ物・住まいは人々の生活に欠かせない基本要素であり、これらが満たされていることは豊かな暮らしの象徴でもある。
沖縄には、生活の基盤を表す言葉として「ぬちぐすい」があるという。
「命の薬」という意味を持つこの言葉には、衣食住だけでなく、自然や人とのつながり、伝統文化など、生きる喜びや心のやすらぎを感じるための要素がすべて含まれている。
YAWN YARDは、誰もがそれぞれの「ぬちぐすい」を感じられる場所であり、本質的なラグジュアリーとは何かに気付かせてくれる場所でもある。
ぜひ多くの人にYAWN YARDを訪れてもらい、「ぬちぐすい(命の薬)」の効能を体感してほしい。