日本一の温泉を持ち、岩盤浴発祥といわれる温泉地
四方を大自然に囲まれ、夏は新緑が眩しい山々の風景を、冬は壮大な雪景色を楽しむことができる新玉川温泉。ロビーに隣接した売店で秋田県仙北市角館にある、藤木伝四郎商店の樺細工(かばざいく)や、大館市の曲げわっぱなど、各地の工芸品も販売しており、様々な角度から秋田を楽しむことができる。

左:藤木伝四郎商店の樺細工 右:受付で利用している樺細工のキャッシュトレー
中でも特徴的なのは、日本トップクラスの強酸性の温泉だ。一箇所からの湧出量日本一を誇る源泉を持つこの湯は、世界でも珍しい塩酸を主成分としており、強い殺菌力を持っているため皮膚炎などに効果がある他、微量のラジウムを含み、自然治癒力を促してくれる。

源泉100%の温泉はナイフを1日で溶かしてしまうほどの強酸性

箱蒸湯や気泡湯など様々な温泉を楽しめる

露天風呂では雪景色も堪能できる
2024年には、1909年創業の老舗であり、岩盤浴発祥といわれる天然岩盤浴地とともに有名な玉川温泉※と共に、厚生労働省が定める一定の基準を満たした温泉療養に対応できる施設として「温泉利用型健康増進施設」に認定。所定の基準をクリアすることで医療費控除を受けられる温泉となった。
「従来は湯治の宿として有名でしたが、現在は改めて”健康”を優先テーマの一つとして設定しています」。そう語るのは、新玉川温泉・副支配人の矢澤拓実さんだ。「湯治を目的にいらっしゃるお客様は平均して7〜10泊、長いと21泊する方もいらっしゃいます。ただ、温泉が強酸性ということもあり、肌が温泉に負けてしまうこともあります。そういったことがないよう、お客様の症状を伺いながら、15種類ある浴槽の適切な組み合わせをアドバイスする入浴指導や入浴相談を行える看護師が常駐しており、お客様の心と体のケアを行えるようにしています」。
※玉川温泉は4月〜11月のみ営業

新玉川温泉・副支配人の矢澤拓実さん
名実共に利用客を癒す宿である新玉川温泉と玉川温泉だが、2010年代前半には経営難に陥ったこともあった。その危機を救ったのが、地元の企業たちだ。特殊な泉質を持ち、秋田有数の観光地でもある「地域の宝」とも呼ばれる温泉地は、秋田銀行をはじめとする秋田県の企業9社と官民ファンドの支援により、経営を持ち直した。「お客様を送迎する路線バスの羽後交通さんや、宿の料理にも使われている醤油・味噌の醸造元である浅利佐助商店さんなど、資金以外もサポートしていただいている企業さんがいます。」と矢澤さん。

玉川ダムから新玉川温泉までの道のりが一般車両通行止めとなる冬季は羽後交通のバスが利用客を送迎
事業再建後は、玉川温泉は老舗の湯治宿として、新玉川温泉はより幅広い客層に向けたリゾートホテルとして、施設を順次リニューアルしていく。新玉川温泉のリニューアルした箇所の中でも、矢澤さんは「ロビーがポイント」だと語る。「もともとはロビーが狭く、内装的にも昔ながらの旅館といった雰囲気がありました。そういった中で、来館されるお客様に宿の印象を強く付けられるようにスペースを広く取りつつ、秋田杉を活用した、木目調の暖かみのある空間に改装しました」。

受付には地元の秋田杉を活用したウォールアートが飾られる
現在は客室も順次リニューアル中だ。ロビーと同じく、秋田杉を使用したぬくもりのある部屋のほか、直近ではインバウンド客にも対応できるような部屋作りも行っている。「台湾からお客様がいらっしゃることも多くて。実は、台湾と玉川温泉とは深いつながりがあるんです。玉川温泉は北投石と呼ばれる天然記念物の薬石が日本で唯一産出される場所なのですが、日本以外だと台湾の北投温泉でのみ産出しています。そういったこともあり、玉川温泉と北投温泉は協定を結び、相互交流を進めてきました」と矢澤さんは説明する。
地域の工芸品の柄をあしらった独自のユニフォーム
館内のリニューアルに合わせ、スタッフが着用するユニフォームも刷新した。「過去のユニフォームは新玉川温泉と玉川温泉で全く異なるデザインで、管理が煩雑だったこともあり統一したいと考えていました。また、新玉川温泉では夏服は真っ青なポロシャツ、冬服は黒色に近い甚平のようなデザインだったのですが、リニューアル後の館内の雰囲気とは合わなかったり、特に冬服は色合い的にスタッフの顔が暗く見えたりといった問題がありました」と矢澤さんは当時を振り返る。
そうした課題を抱えた矢澤さんが辿り着いたのがシタテル社だった。「色々と調べていく中で、シタテルさんは完全オリジナルの制服から既存制服をベースにしたカスタムオーダーまで、幅広く対応できることを知り、連絡を取りました。私たちの課題などもしっかりと聞いてくれた上で形や色合いを複数パターン提案いただいたり、サンプルを送っていただいたりしたので、ロビーとの雰囲気のマッチ具合なども確認しながらスムーズに制作できたと思います」。
シタテルとの密なコミュニケーションの末、出来上がったのが淡いグリーンの夏服と、ぬくもりのあるベージュの冬服だ。冬服には樺細工の柄をあしらった。「どちらもリニューアル後のロビーの雰囲気に合うことは前提としつつ、夏服は旅館の周りの新緑の色合いと合わせた色に、冬服はぬくもりや優しさの印象を与えるカラーリングにしました。また、冬服は過去の甚平のような制服よりもしっかりと見えつつ、ジャケットよりもフォーマル過ぎないデザインを選びました」と矢澤さんはポイントを語る。
一新後のユニフォームは利用客からも好評で、中には「購入したい」といった常連客の声もあったという。「欲しいから売店で売ってくれないか、と言ってもらえた際にはとても嬉しかったですし、そこからお客様とのコミュニケーションが広がることもありました。また、スタッフからも好評の声がありました。心なしかスタッフの表情や立ち振る舞いが以前よりもピシッとした気もしています(笑)」と矢澤さんは話す。
「治療のための湯」から「予防のための湯」へ。新玉川温泉が見据える未来
新玉川温泉は現在も、利用客の多様化に合わせた食事メニューの新規開発や客室清掃の新しいマニュアル整備を通じた業務改善など、未来を見据えた取り組みを行っている。
「従来は病気になってから治療をするために来られる方が多かったのですが、これからは病気になる前に、美容や健康、そして先々の健康のために来ていただけるような施設にしていきたいと考えています。当館には温泉利用指導者や健康運動指導士といった資格を持つスタッフが6名いますが、今後はさらに人数を増やし、お客様にいつ聞かれても的確に入浴をアドバイスできるような体制にしていきたいなと思っています。そうした入浴相談の充実と、施設サービスの向上で、お客様が心と身体をよりケアできるような環境を整えていきたいです」。
新玉川温泉のユニフォームデザインにも採用されている伝統工芸・樺細工。
江戸時代から続く藤木伝四郎商店の代表・三沢知子さんは「樺細工は自然環境に大きく左右される。気候や天候によって、原材料となる山桜の樹皮の採取場所や時期、量は毎年異なり、雨天時には採取作業そのものが困難になることもある」と語る。170年以上にわたり、地域の自然と共に歩んできた伝統工芸なのだ。
新玉川温泉もまた、地域の自然や地元の人々と共に歩んできた温泉宿である。
春から秋にかけては、十和田八幡平国立公園内の自然研究路を散策しながら天然の岩盤浴を楽しむことができ、冬には雪上車やスノーシューを使った雪山体験ツアーが魅力だ。副支配人の矢澤さんは自ら雪上車を運転し、スタッフとともに雪に覆われたブナの森を案内する。冬季は道路が閉ざされるが、地元のスタッフたちが住み込みで働きながら、宿と訪れる人々を支えている。
姉妹館の玉川温泉とともに「地域の宝」と称される新玉川温泉。
しかし、この地を訪れると「地域もまた宝」であることに気づかされる。