
大事な存在なのに、見れていない。猫を家に迎えた際に感じた課題
ーまず、RABOを立ち上げた経緯を教えてください。
伊豫:もともと動物が好きで、いつかは動物に関わる仕事をしたいと思っていました。
学生時代はバイオロギングという、動物に小型のセンサーを付け、生態を分析・調査する学問を専攻していました。海洋生物を中心に発展した研究手法で、私は海鳥を研究していました。無人島での海鳥の捕獲にはじまり、装着するセンサーデバイスの開発やアルゴリズムの構築、そしてデータの解析といったアナログからデジタルまでを横断した活動であったり、動物たちのデータを見られたりすることがとても楽しかったことを覚えています。

代表取締役社長の伊豫 愉芸子さん
ーバイオロギングでの経験が、「Catlog」の構想に活きているのですね。
伊豫:そうですね。ただ、当初は起業をしようとは全く考えておらず、新卒でリクルートに入社しました。学生時代は動物について研究していましたが、リクルートでは対象動物を人間に置き換え、人々の行動からどのようなプロダクトやサービスを世の中に生み出せるのか、といったことを考えていました。
リクルートで10年ほど働いた後、「今後はどういう風に生きていきたいか」を考えていたのですが、その時に現在Chief Cat Officer(CCO)を努めてくれているブリ丸を家に迎えることになって。いざ飼い始めるとやっぱりとても可愛いし、大事な存在だと感じる一方で、ブリ丸が体調を崩した時に原因が分からず、獣医さんに診てもらった方が良いのか判断が付かない、といったことも多々ありました。一緒に暮らしている家族であるにも関わらず、私たちが普段見れていないところがあるんだな、と漠然とした課題感を抱き始めました。

Chief Cat Officerのブリ丸(写真提供:RABO)
そうした時に、学生時代に動物の見えない生態について研究をしていたことと、社会人になってからはプロダクトやサービスを世の中にリリースする仕事をしていたことを思い出したんです。これまでは点だった経験が全て繋がって、一つの線になった感覚を覚え、起業を決意しました。

会社のエントランスの壁には、「DO. OR DO NOT. THERE IS NO TRY.」の言葉が掲げられている
試行錯誤を繰り返して制作したデバイスとソフトウエア
ーサービスの構想がある程度定まってからリリースに至るまで、何か苦労はありましたか?
伊豫:デバイスに関しては、私自身これまでハードウェアの開発は経験ががなかったということもあり、開発が実現可能だと分かるまでこぎつけるのが一番難しかったですね。ハードウエア開発に詳しそうな方々に片っ端から話を聞いたり、色々な工場にデバイスの製造が可能か聞いて回ったりしていました。

ソフトウエアに関しては、バイオロギングの考え方をベースに、ブリ丸をはじめとする猫様のデータを取得し、解析していたのですが、周期的な行動が多く、比較的解析がしやすい海洋生物と比べると、猫様は一匹一匹それぞれ暮らしている環境も違うなど行動特性が異なるためっていたり、データがとても複雑になっていました。そうした複雑化したパラメーターがある中で、行動の解析精度をどこまで高められるのか、といった試行錯誤をサービスのローンチ直前まで続けていましたね。現在もデータ解析の精度を向上させるためのアップデートを日々重ねています。

取得したデータからの行動波形は猫の行動そのものであり、飼い主にとっては大切な猫が生きている証。「一緒に生きている」という軌跡でもある
ーこれまでサービスを運営してきた中で、転換点などがあれば教えてください。
伊豫:サービスに対するニーズを改めて実感できるような出来事はいくつかありました。例えばリリース前は、「Catlog」という課題解決のソリューション自体には一定のニーズがあることは確信していた一方で、新しい概念のプロダクトのため、すぐに理解されるか分からないという課題もあり、最終的な市場調査やメディアアプローチのきっかけ作りとして、クラウドファンディングを試してみました。結果的に多くの方々に支援いただけたのですが、投稿された応援コメントのほとんどが、私たちが当初持っていた仮説と合致していて、「Catlog」のようなサービスを待っていた飼い主の方がたくさんいたんだな、と確信を持てましたね。
サービスの本格ローンチ後も、お客様が「こんなサービスがあったのか」や「『Catlog』がきっかけで病気を発見することができた」といった投稿をSNS上で自発的に行ってくれ、大きな反響があったことが何度かありました。そうした自信に繋がるような階段を何度か登ってきて、今に至っているのかな、と思います。

オフィスにはお客様から届いた多数の声が掲載されている
ー”猫様”といった呼び方や、Chief Cat Officerといった肩書など、独特な社内風土がありますが、そうした風土はどのように作られて行ったのでしょうか?
伊豫:社風は自然と作られていったように思います。”猫様”という呼び方に関しては、サービスローンチの前後に飼い主さんたちにお話を聞く機会を設けた際、多くの方が「猫を飼っている」というよりも、「飼わせていただいている」という、ある種の奉仕に近いテンションを持っているな、と感じたことから始まっています。また、私たちのお客様は猫なので、「お客様」を「客」と呼ばないように、猫ではなく「猫様」と自然に呼ぶようになっていきました。

オフィス内のラウンジ「Cat Park」。ここでは社員や猫との交流が日常的に行われている
CCOという肩書に関しては、クスっと笑えるようなものがあると猫っぽくて良いな、と思って。そうしたちょっとしたユーモアはアプリの通知などにも反映するようにしています。

オフィスには猫のためのグッズが取り揃えられ、スタッフ手書きのイベント告知看板が目を引く
シタテル社と協業して制作した”十猫十色”のベルトラインナップ
ー首輪型の「Catlog」は、付け替え可能なベルト部分のラインナップが豊富にあることも特徴的かと思いますが、ベルト部分を制作する上で意識していることがあれば教えてください。
伊豫:当初は過度に重量がかかった際に自然と外れるセキュリティバックル付きのシンプルなベルトからスタートしました。服を基本着ない猫様にとってはベルト部分がファッション的な要素ということもあり、柔らかさがウリの人気のシュシュタイプのものを中心に、素材やカラーのバリエーションを拡充してきました。
そのような中で、いずれのベルトも猫様の負担にならない、ということを一番大切にしています。他にも、付けた際に外れやすくなっていないかや、ゴムの伸縮性はどうかといった観点から、シタテルさんをはじめとする企業の方々と一緒に制作してきました。今でこそある程度形にはなっていますが、初期の頃は私が飼っているブリ丸とおでんや、社内にいる30匹ほどの猫様に試着をしてもらい、爪で首をかいた際に生地の糸がほつれてしまう、といった課題をシタテルさんと相談しながら調整していました。シタテルさんは生産体制が整っており、私たちの無理な要望にもスピード感をもって柔軟に対応いただけていて、とても助かっています。
ーベルトのデザインでこだわっている点はありますか?
伊豫:広く好まれそうなものを選びつつ、そもそもスタイリッシュな猫様たちに合うようにかわいすぎないデザインにしたいな、とも思っています。猫様は毛色や目の色など、”十猫十色”なので、可能な限りいろいろなものが選べるようなバリエーション展開も意識しています。結果的に、新色を出した際に再びお客様が買ってくれたり、猫様のお誕生日にベルト部分をプレゼントとして新調してくれる方もいらっしゃいます。

ー今後リリースを検討している、新しいデザインのベルトなどはありますか?
伊豫:デザインではないのですが、犬用のベルトをシタテルさんと一緒に作っています。ただ、猫様と犬では生き物として違うのはもちろん、大きさのバリエーションも異なりますし、外に出る機会の多さなど、「Catlog」よりも機能要件が多く、なかなか難しいですね。いずれにせよ、「Catlog」のベルトと同様、付けたくなるようなファッション性も検討しよう、とシタテルさんとは話しています。
世界中の猫様たちに1秒でも早く「Catlog」を使ってもらうために
ー最後に、事業全体としての展望を教えてください。
伊豫:犬用のサービス開発や海外展開をはじめ、「Catlog」を通じてこれまで培ってきた知見やデータ、そしてエンゲージメントの高い飼い主の方々といった資産を大切に活かしながら、事業をより深く、広く拡張させていきたいな、と考えています。
現在、「Catlog」を使い始めた方々のほとんどがやめることなく使い続けてくれています。そうした方たちにとって、私たちのサービスはなくてはならないものになれているのかな、と思っていますし、ゆくゆくは猫様と暮らしている全ての方にとって必要になっていけるんだとも確信しています。あとはいかにスピード感をもって多くの飼い主の方にサービスを届けていけるか。「世界中の猫と飼い主が、1秒でも長く一緒にいられるように猫の生活をテクノロジーで見守る」というビジョンはブラさず、世界中の猫様たちに1秒でも早く「Catlog」を使っていただけるよう、事業を成長させていきたいです。

「Catlog」はすでにアメリカやオーストラリアなど海外のマーケットにも広がりを見せている。
シュシュ型の猫の首輪ひとつをとっても文化の違いが表れるようで、日本では赤が定番とされるが、アメリカではブルーやグリーンが人気だという。
理由を尋ねると、伊豫さんはドラえもんやサザエさんのタマの存在を挙げた。
言われてみれば、どちらも赤い首輪をしている。幼いころから目にしてきたイメージが、私たちの「当たり前」を形づくっているのだろう。
文化は、いつのまにか私たちの感覚をつくり、ファッションにも息づく。
「RABOの製品は、10年後には当たり前になっているという確信がある。」
伊豫さんのこの言葉は、ただの希望ではなく、文化を生み出していく手応えをともなった宣言に聞こえた。
テクノロジーとファッションを掛け合わせる「Catlog」をはじめ、RABOが展開するプロダクトは、COMME des GARÇONSやsacaiのように、日本から世界へと文化を輸出していく可能性を秘めている。
日本発の新しい日常を、世界のあたりまえにしていく。
そんな未来の景色を、伊豫さんの言葉の奥に感じた。
