「地域のために何ができるのか」。雪山を切り拓いた荒井建設の情熱
2月某日。旭川空港の外に出た取材チームを、丁寧に整備された広大な街並みが迎えた。その奥には、深い雪で覆われた山が連なっている。大雪山連峰だ。
山並みに寄り添うように街が広がっているということは、道を切り拓き、整備した歴史があることを意味する。旭川市におけるその立役者が、1894年に創業した荒井建設だ。道路や鉄道、発電所、上下水道などの整備から、学校や旭山動物園などの建築までを行い、人々の暮らしを支えてきた。「荒井さん」。現地の人は親しみを込めて、彼らのことをそう呼ぶ。そんな荒井建設が愛される理由は、歴史の長さだけではない。
「町の人との交流を大切にしてきました。例えば旭川と稚内の間にある音威子府(おといねっぷ)という村にある美術工芸高校と実施した、工事現場の仮囲いに生徒のアート作品を飾るプロジェクトがいい例ですね。ただ工事をするのではなく、その過程で村おこしにも貢献できたらいいなと。音威子府村で開催される運動会にも毎年参加したり、村長と月に数回街づくりについて意見を交わしたりもしています」
そう語るのは、第二土木部の大森伸樹さん。単なる建設会社の業務内容に留まらないクリエイティブな姿勢は、彼の「“作って終わり”にしたくない」という言葉に集約されている。そんな荒井建設は、建設現場での作業方針もユニークだ。
「たとえ全体の中で1年間しか携われない仕事だとしても、翌年のことまで考えて取り組みます。来年に受注をもらえるかが分からなくても、『ここまで仕上げた方が次にかかわる会社が楽だろう』と考えたい。もちろんその分コストや時間はかかりますが、それが荒井建設の流儀なんです」(大森さん)

第二土木部・大森伸樹さん
“利他の精神”は教育の賜物ではなく、社員それぞれが自然と身につけた結果なのだという。連綿と受け継がれる社風のルーツを辿ると、創設者である荒井初一の名前が挙がった。
「荒井初一は131年前に富山県から北海道に移り住みました。一言で表すなら『俺がやらなければ誰がやる』という気概の持ち主だったそうです。彼が挑戦した事業はさまざまで、米の卸や精米を始めたり、日本酒を作ったり、馬車鉄道を敷いたりと多岐に渡りますね。契機となったのが、大雪山の麓にある「層雲閣」という温泉宿の運営を任されたとき。土地柄、大雪や川の氾濫などの自然災害に何度も見舞われたそうで。そこで着手したのが、インフラの整備。具体的には、道路の整備や拡張、小さな水力発電所の建設などの事業を、私財を投じて行ったそうです。荒井建設が大切にしている『地域のために何ができるのか』という考えも、彼のそうした姿勢を受け継いでいます」(大森さん)

創設者・荒井初一さん
「かっこいい会社になろう」。荒井建設が生まれ変わるとき
荒井建設を語る上で欠かせない言葉が、デザイン経営。デザインに用いられる考え方や技術を企業の課題解決に応用するという経営手段のことだ。日本では特許庁が2018年から推奨し、荒井建設は2019年に本格導入した。
「全国のデザイン経営にまつわる事例を学んで、専門書を読み漁りながら、自社に何が足りないのかを考えました。経営理念を刷新したのは2022年。デザインファーム・KESIKIとタッグを組んで、リブランディングを開始したときです。自分たちで考えた膨大なキーワードを掛け合わせ、荒井建設の理念に合致するものを作り出しました。『かっこいい会社になろう』という目標が生まれたのも、このときです。見た目だけではなく、内側から出るかっこよさを追求し、『我々の仕事が胸を張れるものなのか』を常に自問しながら、美意識や価値観をアップデートし続ける。そんな意図を込めました」(大森さん)


経営理念は他にも「わたしたちの幸せがまちの未来を切り拓く」や、「挑む」「磨く」「想う」「繋ぐ」「敬う」「彩る」という6つの動詞からなる行動指針を考案した。ただ言葉にするだけでなく、一目でわかるようにビジュアル化した冊子「ソウルブック」を社員全員に交付するところからも、その情熱が伝わってくる。
リブランディング事業の中でも特に力を入れたのが、ユニフォームのリニューアルプロジェクト・MATOUだ。
「ユニフォームの見た目が他社と似ているのが嫌だ、袖の長さが合わないなど、社内でさまざまな声が上がったのがきっかけです。特に、『すれ違った女子高生に“ダサい”と言われた』という意見には痺れましたね(笑)」(大森さん)
MATOUを構成するのは、大森さんや、彼と同年代である工務部の飛彈野大介さん、建築部の阿部勇気さんなど、8名の社員。業務が終了した後に集合し、連日、綿密な会議を行った。
「リニューアルするにあたり、単に“かっこいい”ユニフォームを作るのではなく、着ることで生まれる意識やそれを見た人の感情も含めてデザインしたいと考えました。そのために明確化したのが『このユニフォームによって実現したい姿』です。具体的には『荒井建設に属することが誇りとなる』『社員一人ひとりが広告塔になることによる売上増』などのVISION、『荒井建設をかっこいいと感じる』『あの会社に頼みたいと思わせる』などのMISSION、『一体感の向上』『荒井建設に所属することのプライドを創出する』などのVALUEの3種類ですね」(大森さん)
コンセプトを言語化した後は、4社が参加するコンペを実施。荒井建設が考えるイメージを形にする企業を選抜した。「ここまで大規模なプロジェクトはおそらく建設業界では日本初だと思う」と大森さんは語る。
「単なるユニフォームではなく、ブランド」。心を動かした、 “ACWCS”
コンペの結果、採用されたのがシタテルだ。考案したのは、アメリカの陸軍が用いるレイヤリングシステム(複数の服を状況に応じて重ね着することで気候やミッションに対応する独自の被服システム)に着想した「ACWCS(Arai Challenging Work Clothing System)」というアイデア。単なるユニフォームの名称ではなく、同一のコンセプトに基づいた複数のアイテムを展開する“ブランド”として提案しているのが特徴だ。
「ユニフォームにストーリー性を持たせるところに心を掴まれましたね。何より、『ACWCS』の考案者である遠藤さんが『ぜひやらせてほしい』と情熱的なプレゼンテーションをしてくれたのが決め手でした。実際に制作が決まってからも『まだ実物をお見せできないのが悔しいです』などの報告を電話で何度もしていただいたのも印象的で。我々と同じ温度感で、同じビジョンを見据えていたのがよく伝わってきました」(大森さん)
道のりは順風満帆ではなく、「本業はユニフォーム作りではない」「優先度の低い仕事に時間をかけすぎている」など、懐疑的な意見も一定数あった。ユニフォームを一新することで生まれる価値は、川に架けた橋のように分かりやすいものではない。“かっこよさ”という定量化できない概念と向き合う事業だからこそ、その意見と直面するのは必然的といえるだろう。
「僕らだけが課題を感じ、乗り越えた先の景色を見据えている状態でしたね。ユニフォームの実物を見てもらうまでは説得力が生まれないですから。一生懸命説明しても、なかなか熱量を共有できない。ただその一方で、KESIKIさんとタッグを組む前、闇雲にデザイン経営を模索していた頃と比べると、モチベーションは段違いでしたね。大変さよりも楽しさの方が圧倒的に勝りました」(大森さん)
ポケット一つにも“かっこよさ”を。情熱が社内に伝わった日
デザインやシルエット、機能性などの綿密な調整を経て、2025年にユニフォームが完成。社内の反響をMATOUが緊張の面持ちで見守る中、評価は上々だったという。
「特に若い社員の評価が高かったですね。例えばシャツは、第1ボタンまで閉めても違和感のないように首周りのデザインを計算したのですが、彼らはそのこだわりにいち早く気づいてくれた。年配の社員も、帰宅後に奥さんから『かっこいい』と言われたことで、気に入ってくれた方が多いようです」
シャツにはストレッチ性が高く、夏でも着用しやすいさらりとした肌触りの生地を使用。光沢を抑えた質感が洗練された印象を与える。
襟付きのブルゾンはチンストラップをつけることでスタンドカラーとしても着用可能。胸元には建設現場で用いる小型の手帳である「野帳」が入るサイズのポケットを配置している。背面や正面にあしらわれた大ぶりなロゴも目を引くポイントだ。
ジャケットは首元にあしらわれた切り返しがアクセントに。さまざまな色の掛け合わせを試した結果、高級感のあるグレーが採用された。胸から腰にかけて配置された大ぶりのポケットは荷室が2つに分かれており、スマートフォンや文房具などを整理しやすいのも魅力だ。
「もちろん社員全員が好意的な反応だったわけではないですが、時が経つほどに評価が好転している感触もあります。例えば、頑なに古いユニフォームを着ていた社員が新しいジャケットやシャツに袖を通してくれる、といった具合ですね。社外の方に『うちもユニフォームを刷新したい』と言っていただけたり、コンビニの店員に『かっこいいね』と褒めていただいたりと、ユニフォームの影響力を実感する機会が多かったのも一因でしょう」(阿部さん)

一新したユニフォームに対する反応は、“未来の社員”にも上々だった。
「昨年比で新卒の応募者数が急増しました。説明会でユニフォームの実物を見せながら、『デザインも私たちがやったんだよ』と説明すると、「今まで見てきた会社で一番かっこいい」「自分もそのチームに入りたい」などとポジティブな反応をもらえることも多いですね」。リクルーターを担当する、土木技術部ICT推進課の大森りおんさんはそう語る。
これからのACWCS 、10年後のMATOU
単なるユニフォームではなく荒井建設の“社内ブランド”として誕生したACWCS。MATOUはすでにさまざまな“新作”のアイデアを練っているという。ACWCSの歴史はまだ始まったばかりなのだ。
「まずはジャケットの生地を一新したいですね。色落ちを防ぐためにナイロン素材を用いていましたが、コットンも混紡して耐久性を向上させるのはどうかと考えています。他にもキャップやパーカー、トートバッグのようなカジュアルなアイテムも作ってみたい。まだまだやりたいことは膨大にありますね」(大森さん)
10年後のACWCSはどのようになっているか。そんな質問に、大森さんは遠い目をしながら答える。
「僕は57歳になっているので、その頃には後任が立派に引き継いでくれているでしょう。『ユニフォームの仕事をやりたい』と言ってくれる社員が、今ではたくさんいるんです」(大森さん)

チームMATOUのメンバー(左から順に):阿部勇気さん(建築部)、濱下有香さん(総務部)、大森りおんさん(土木技術部)、大森伸樹さん(第二土木部)、飛彈野大介さん(工務部)、土佐友和さん(管理部)、北山裕一さん(建築部)、村上航也さん(第一土木部 ※取材時は欠席)
“かっこいい”を当たり前に。建設業界が抱える課題と希望
最後に伺ったのは、建設業界そのものの話だ。
「喫緊の課題はイメージの刷新」。大森さんと飛彈野さんはそう語る。大きな理由はここ数年、全国で巻き起こっているさまざまな災害だ。30〜50年に1度起こるとされている規模の大雨が頻発し、巨大地震の可能性も無視できない。そんな未曾有の事態においては、インフラを下支えし、災害に備えることが必要不可欠であり、それは建設業界にこれまで以上のマンパワーが求められることも意味する。その一方で、“きつい”“汚い”“危険”の“3K”という言葉に代表されるネガティブなイメージによって、新卒入社の数が全国的に伸び悩んでいるのも事実だ。
いかに建設業界を魅力的に見せるか。各社がそんな課題に向き合う中で、“かっこよさ”をユニフォームという形で提示し、新卒の応募者数を向上させた荒井建設の事例は、一つの希望といえるのではないだろうか。
「以前、荒井建設が施工スピードを劇的に短縮させる技術で特許を取得したのですが、その後に道内の別の建設会社が同じように特許を出願していることを知ったんです。その事実を『真似された』と憤るのは簡単ですが、私はむしろポジティブに受け止めていて。荒井建設が作った流れが、他の企業に波及したということですから。ユニフォームについても同じように、『荒井建設ができたのだから、うちの会社もできるのではないか』と受け止めてもらいたいと思っています」(大森さん)
ユニフォームから建設業界のイメージを変える。そんなアイデアが現実味を帯びてきたからこそ、大森さんは課題を冷静に見据える。建設業界には今、何が求められているのだろうか?
「『人手不足を解消するためには、建設業界そのものを“かっこいい”と思ってもらう必要がある』という課題の共有ですね。それは業界内で『インフラや建築をただ作るだけでは足りない』という共通認識を持つことであり、市民の方にもっと『建設業界はかっこいい』と感じてもらうという意味でもあります。日本では政治に振り回された歴史によってネガティブな印象が先行していますが、海外に目を向けると、建設業は憧れの仕事なんです。工事しているおじさんがかっこいいユニフォームを着ている。まずはそんな常識を作ることで、世間の認識を変えていきたいですね」(大森さん)
131年前にはインフラを自費で整備するという途方もない挑戦が行われ、2025年にはかつてない規模でユニフォームを一新するプロジェクトが行われた。新たな装いは企業に対する眼差しを変え、社内の士気を高め、もしかすると今後は建設業界の風潮すらも変えてしまうかもしれない。人の心が動き、歴史が変わる瞬間には、必ず“かっこいい”何かがある。荒井建設の活動を見ていると、そう思わずにはいられないのだった。

荒井建設はどこまでも「かっこいい」会社だった。
正直に言えば、「かっこいい」という言葉に最初はあまりピンときていなかった。歴史ある建設会社を語る言葉にしては少しカジュアルで、ともすれば陳腐にさえ感じられたからだ。
しかし、話を聞き進めるうちに、その言葉の輪郭が変わっていく。
私たちは人生で、誰かに「かっこいい」と言われたことが何度あるだろうか。
見た目の良し悪しだけではない。言葉、立ち振る舞い、生き方。
ありふれているようで、なかなか言葉として受け止める機会は少ない。
土木や建設の世界は、一朝一夕には形をなさない。
膨大な時間をかけ、多くの人の手を介し、一歩間違えれば人々の生活や生命すら壊しかねない緊張感の中で、泥臭く積み上げられていく。
荒井建設の方々と話していると、彼らが持つ時間軸の長さ、視座の広さ、そして困難に挑み続ける粘り強さに何度も驚かされた。
その積み重ねこそが、100年という歳月をかけて「荒井さん」という唯一無二のブランドを築き上げてきたのだろう。
信頼も、かっこよさも、近道はない。
ただ、積み重ねることでしか生まれない。
積み重ねたものにだけ与えられる特別な言葉。
「かっこいい」
