(前編)

衣装制作や舞台演出を手がけるクリエイター・田中秀彦と考える「コスチューム」と「日常の衣服」の関係性

 

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福西和紙本舗の和紙を乾燥させる板。この板は江戸時代から修繕しながら使い続けている

困難に乗り越えながら守り続けられている独自の製法

宇陀紙の歴史は古く、現在の奈良県・吉野にある国栖(くず)地区に紙作りを伝えたのは672年に起きた壬辰の乱の中心人物である大海人皇子(おおあまのおうじ)とも言われている。「国栖紙」として知られていたこの和紙は、掛け軸をはじめとする表具の裏紙として使われており、江戸時代に宇陀の紙商人が全国に売りさばいたことから「宇陀紙」と呼ばれるようになっていく。

 

yoshino宇陀紙の制作は原料となる楮(こうぞ)の栽培から始まる。蒸して樹皮の除去を行った楮を吉野川で洗い、天日干しにした後、傷んだ部分を取り除いて煮詰める。もう一度水洗いしてからは、残った不要な箇所を取り除いたものを手作業で叩いていく。出来上がった原料には吉野の山から取れる石から作られた白土と、ノリウツギという木の樹皮を細かく砕いたネリと呼ばれる素材を加え、かき混ぜた後、手漉きを行う。その後は圧縮して1枚1枚乾燥させていく。こうした数々の工程を経て、独特の手触りを持つだけでなく、柔軟かつ強靭で、伸縮が小さいといった特徴を持つ宇陀紙が生まれている。

 

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福西和紙本舗は家族で営まれ、伝統が受け継がれている

福西和紙本舗は、この伝統的な製法を1300年以上、頑なに踏襲し続けている唯一の場所だ。代目の福西正行さんは「製法も原料も昔から変えていません」と語る。「特に大切なのが、吉野の山の水です。紙漉きにおいては、水の”動きやすさ”がのりの効きやすさにも直結します。特に水温が低いほど水が動きやすいんです」。

 

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福西和紙本舗八代目の福西正行さん

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宇陀紙の和紙制作において、吉野の水がとても重要である

しかし、長い歴史の中で少なからず困難もあったようだ。1つが、原料の調達の問題だ。「例えば楮は、もともとは全て吉野で栽培していたのですが、第二次世界大戦後の食料難がきっかけで作れなくなってきてしまいました。今では茨城県や高知県からも購入しています」と正行さん。

また、戦後は宇陀紙そのものの需要が減ってしまったこともあったという。その危機を回避する一助となったのが、六代目の福西虎一さんが制作した、アケビや桜、藍といった植物を使って色を付けた宇陀紙だ。色付きの宇陀紙はアメリカ軍の要人の目に留まり、クリスマスカード用に大量に発注されたことで、福西和紙本舗の経営も持ち直したという。

 

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アケビや桜、藍といった植物染料で染められた色とりどりの和紙

国内外のクリエイターも注目する、宇陀紙が持つ”心地よい制限”

数々のストーリーを持つ宇陀紙とコスチュームデザイナーである田中さんが出会ったきっかけは、2020年に行われた「なら国際映画祭」だ。同イベントに出演したパーカッショニストのスティーヴ・エトウさんの衣装担当として、田中さんはコスチュームを宇陀紙で制作した。「スティーヴさんも住んでいる奈良にある素材を使いたいなと思い、色々とリサーチを重ねる中で宇陀紙に出会いました。イベントの会場が春日大社だった中で、紙は神と同じ音を持ち、古くは神聖なモノとされていたことからも、ピッタリな素材だと思いました」と田中さんは当時を振り返る。

 

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左:UDAGAMI COSTUMEを纏うスティーヴ・エトウさんとアオイヤマダさん。築地本願寺での音楽フェス TOKYO CHEMISTRY(2023)にて(ヘアメイク=富沢ノボル) 右:なら国際映画祭(2020)での一幕(大野知英と共作) ※写真提供:田中さん

当初は一度だけ作って終わらせるつもりだったそうだが、以降も様々なパフォーマンスやショーで宇陀紙を使った衣装を作っていくことになり、現在の「UDAGAMI COSTUME」に至っている。『UDAGAMI COSTUME』は強い営業をかけず、あくまでパフォーマンスのテーマに合うな、と思えた時にだけ一着一着大切に制作しているのですが、着てくださった方、舞台を見てくれた方のご紹介などからご縁が広がっています。先日はパリで撮影をしたのですが、宇陀紙が色々なところに連れて行ってくれている感覚ですね」(田中さん)

 

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宇陀紙で制作した衣装を着るダンサー・俳優のアオイヤマダさん

宇陀紙はファッションだけでなく、スペイン・カタルーニャの建築家集団RCRアーキテクツのインスタレーション作品に使われるなど、クリエイターたちからの注目も集まっている。「国内外のクリエイターの方々が『宇陀紙を見たい』と言って私たちの所へ訪問されることもよくあります」(福西正行さん)。

クリエイターたちも熱視線を向ける宇陀紙の魅力を、田中さんはどう捉えているのだろうか。「挙げるとキリがないのですが、漂白剤などの薬品を使っていないことから、いわゆる紙の白い色ではなく、ベージュ調の優しい色が出ていたり、届いた際にすごくいい香りがしたり…また、原料処理の際に叩いていることで生まれる繊維が紙の端から出ている点も素敵だな、と思っています。

コスチューム制作の観点でいうと、宇陀紙は形と大きさが統一されているので、身体のどこに何枚どう使うかを考えなければならないという、ある種の心地よい制限があります。一般的な市販の和紙は大きすぎて、どうとでもできてしまうので、少し面白味がないんです。また、作った衣装を一度バラして、アイロンをかけて別の衣装に再構築できるのも面白いな、と思っています」(田中さん)

 

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手漉きを体験する田中さん

「ジャンルを横断した空間を作りたい」。田中さんが見据える宇陀紙×衣装の未来

hidehikotanaka_2様々な魅力を持つ宇陀紙を、今後どのように発展させていくつもりなのか、田中さんに尋ねてみた。

デザインとしては、個人的に折り紙が好きなこともあり、折りの部分をさらに複雑に組み合わせたものは作ってみたいです。また、過去の名作戯曲をコンテンポラリーな舞台演出で作り変える、といったことを昔から行っているのですが、シェイクスピアなどの衣装を全て宇陀紙で作って上演したら面白いかもしれないな、と考えています。そうしてできたパフォーマンスに、展覧会や衣装の即売会を行うギャラリーショップなども組み合わせた横断的な空間をいつか作ってみたいですね。宇陀紙という歴史のある素材を僕が今後どのように扱っていくのか、ということを考えると気が引き締まる思いです」(田中さん)。

 


 

「自分は伝書鳩のような存在だ」

田中さんは取材中に何度かそう語った。
宇陀紙の魅力。UDAGAMI COSTUMEを纏う表現者たちの輝き。
自分はただ、それを運ぶだけだと。

伝書鳩は、生まれた場所へ必ず戻るという、強い帰巣本能をもつ。
かつて平城京が置かれ、日本の中心だった奈良の地で、千三百年の歳月をかけて育まれてきた宇陀紙。
その和紙はいま世界へ羽ばたき、日本の美意識と精神性を静かに届けている。そして役目を終えるたびに、この地へ舞い戻り、新たな命を得て、また旅立っていく。
宇陀紙もまた、奈良と世界を往還しながら、日本の魅力を運び続ける伝書鳩のようだ。

宇陀紙は、世界各地の国宝と呼ばれる品々の修復に使われている。
日本では、紙衣(かみこ)として歌舞伎の舞台を支え、伝統芸能という国宝を陰から支えてきた。
いま、「国宝」という言葉は、建築や芸能といった枠を超え、ものづくりや表現、そして人の営みにも、静かに重ねられつつある。宇陀紙は、そうしたものたちを守り、未来へとつなぐ存在なのだろう。

その宇陀紙を生み出す福西和紙本舗もまた、受け継がれるべき日本の宝であり、田中さんは、その宝を静かに世界へと運ぶ伝書鳩のような存在なのだと、改めて思った。

 

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UDAGAMI COSTUME

・なら国際映画祭2020 at 春日大社 forスティーヴ エトウ(パーカッショニスト)
・神戸コレクション 2022 at 生田神社 for石神ちあき(ダンサー)
・東京国際映画祭2023 for アオイヤマダ(ダンサー,俳優)
・TOKYO CHEMISTRY 2023 at 築地本願寺 for スティーヴ エトウ&アオイヤマダ
・GMO sonic 2025 at さいたまスーパーアリーナ for GENDAI(ダンサー)
・TENG performance 2025 at 神田明神

etc…