「あらゆるものが一体化」。コネクタから見える産業の変化

(画像提供:JST)
そもそも”コネクタ”とは、電子機器においてどういった役割を担っているのだろうか。「電気には大きく2つのタイプがあります。1つは動力、もう1つはシグナルを送るためのものです。コネクタは電子機器の基板同士や、基板と電線、電線と電線などをつなぐことで、そうした2つのタイプの電気の両方を伝達したり、片方だけを伝達したりするものです」と西本さんは説明する。
ここ最近ではバッテリーマネジメントシステムと呼ばれる、電気自動車のバッテリーの出力をコントロールする基板用のコネクタや、省エネ家電用のコネクタなど、時代の変化に合わせた新製品の開発も行なっている。「我々のような部品メーカーは、大元のメーカー側の設計のもと、各部品を下請けのような形で作っていると思われがちですが、実際は異なります。例えば自動車産業であれば、メーカーが設計するのはボディとエンジンのみで、その他のパーツはサイズや電流・電圧といったスペックなどの情報をもとに我々の方で設計していくことになります。メーカー側のリクエストから、どういった製品を設計・開発するのかは部品メーカー次第でもあります」と西本さんは語る。

代表取締役の西本充広さん
アメリカの大手家電メーカーであるワールプールをはじめ、トヨタやテスラ、ソニー、JRなど、国内外を問わず、電気が必要なあらゆる産業のためにコネクタを開発・提供しているJSTは、今の産業をどのように見ているのだろうか。
「20〜30年ほど前までは電気は電気、自動車は自動車、といった形である程度境界線が存在し、それぞれの産業が独立していたように思いますが、今では電気自動車や人工知能を活用した製品など、様々なものが組み合わさり、一体化してきているような印象を受けています」。
「そうしたトレンドの中で、僕らとしてもコネクタとAIをどのように組み合わせていくのか考えています。コネクタの種類は多岐にわたりますが、ある程度共通の部分はAIを活用して自動的に設計したり、それにより生まれるであろうリソースを、未来に向け、まだ解決できていない領域の探索などに割いたりもできると思っています。特に工業分野においては、未来のことを考えるのはAIにもまだ限界があるので、人の力が必要になると考えています」と西本さん。
建築賞も受賞したオフィス作りの背景
産業のトレンドを見据えつつ、未来のことも視野に入れながら事業を展開しているJSTだが、社内向けのユニークな取り組みも行なっている。その1つが、デザイン性の高いオフィス作りだ。2013年に設立した大阪の新本社ビルや、2022年に設立したアメリカ・ペンシルバニア州にあるハリスバーグ生産技術センターなどは、複数の建築賞を受賞している。

大阪の新本社ビル(写真提供:JST)

(写真提供:JST)

ハリスバーグ生産技術センター(写真提供:JST)
「多くの人が毎日8時間はオフィスで仕事をしていると思います。仮に1日8時間睡眠を取っているとすると、1日のうち、意識のある時間の半分以上をオフィスで過ごしていることになります。そうした中で、家以上に快適な空間を作りたいという発想がオフィス作りの根底にありました」。

「そうした快適性と、城や寺といった私自身が好きな日本の伝統建築の意匠を意識したデザイン性のバランスを考えながらオフィスを作っていきました」と西本さんは経緯を明かす。
2025年には、大阪の本社オフィスに、航空機「ボーイング777」のシミュレーターも設置。航空機のパイロットが訓練のために使うものと同じ仕様の本格的なシミュレーターを設置した背景について「福利厚生の一貫でもあります」と西本さん。
「航空産業とも取引がある、ということに加えて、私を含め、こういったものが好きな社員も多いんです。パーツが続々と届く中で、社員みんなでシミュレーターを組み立てていきました。こうしたいい意味でのオタク気質なところは事業にも反映されていて、コネクタの金型から組み立てる機械、そして管理するソフトウエアまで100パーセント社内で作っているという、業界内でもかなり珍しい生産体制に繋がっています」。
細部にまでこだわった3種のユニフォーム
オフィスだけでなく、社員のためのユニフォームの制作においてもこだわりがあるようだ。2年程前からシタテル社と協業し、ユニフォームを刷新。
半袖と長袖のシャツ、そしてジャケットを制作した。性別や年齢、部署関係なく着られるようなデザインにしたいという考えのもと、生地やパターンにはじまり、ステッチやボタンの材質・色合いなどの細部に至るまでシタテル社と調整を重ねて制作を進めていったという。

「例えば長袖のシャツは、シタテルさんに多くのサンプル生地を見せていただく中で、デザイン性もありつつ、そこまで派手派手しくならない柄としてペイズリー柄のものを3色選びました」。
また、ジャケットは工場のスタッフが着られるよう、腕部分のペン入れやルーラーを入れるポケットなどの機能性も取り入れつつ、営業のスタッフが外で着られるようなデザインにすることも意識して制作しました」。

「個人的にアパレルも好きで、明るい色合いの服を着ると気分が高揚するということもあり、社員の方々にも色々な色合いの服を着てもらえると良いなと考えていました。ただ、いきなり派手なものを作っても精神的なハードルが高いということもあり、ある程度万人に受け入れやすくはありつつも、少し冒険をしているようなカラーやデザインを検討していきました」と西本さんは振り返る。

(左)西本代表取締役とともにユニフォーム制作に取り組んだ日圧総業株式会社の社長・牧田克正さん
「他にもジャケットのステッチには過去と現在のコーポレートカラーを取り入れたり、腕のワッペン部分は取り外せるようにして、イベントの際に付け替えられるようにしたりといった点にもこだわっています。ユニフォームは現在、日本のスタッフだけに支給しているのですが、海外からも欲しい、という声が出ているので、ゆくゆくは海外のスタッフにも配りたいですね」。
オフィスやユニフォームだけでなく、社内イベントの開催や海外で働く機会の提供など、社員のモチベーションや能力向上のための取り組みも行なっている。「希望者には可能な限りまんべんなく、様々な経験をしてもらいたいと考えています。例えば海外に行きたいスタッフには1〜1.5ヶ月くらいの期間で海外に出張してもらっていて、スタッフの2/3ほどは海外工場の立ち上げを経験しています。海外出張に関しては一定の役職や部署の人のみに行ってもらう、という方法もありますが、『海外のことはこの人しか分からない』という状態にはしたくないな、という思いもありますし、JSTとして、”個人商店の集まり”のような組織風土を作りたいという考えもあったため、社員一人一人にいろいろな経験を積んでもらいたいんです」と西本さんは話す。
ハードウエアとソフトウエアは絶えず両輪で未来に進んでいく
事業と社員、双方を見つめながらビジネスを拡大し続けているJSTは、どのような世界の実現を目指しているのだろうか。
「企業としては、AIなども活用して生産効率を上げながら、いかに最先端の製品を不良品を作ることなく世の中に出していけるかが重要だと考えています。そうしたことを通じて、アジアだけでなく、全世界でのno1プレイヤーになるのが目標です」。
「もう少し大きな話をすると、我々の活動を通じて、ハードウエア製造の面白さをより多くの人に知ってもらえるようになると良いなと考えています。ここ最近はAIをはじめ、ソフトウエアに注目が集まっていると思いますが、ハードとソフトは絶えず両輪で動き、未来に進んでいます。また、製造業には原材料をいかに無駄なく使い切って製品を作り、売り切っていくかといったある種のSDGs的な考え方も求められます。そうした製造業の面白みを知ってもらい、世の中に数多くある未解決の工業的な問題にチャレンジする人たちが出てきたら良いなと思っています」。
企業のユニフォームとしては珍しいペイズリー柄のシャツ。
背のヨーク部分に縫い付けられた「JST」の文字の下には、「kasikoku saboru(賢くサボる)」という言葉が、どこかいたずらっぽいフォントで記されていた。
一見すると軽妙だが、むしろそこにこそJSTの真骨頂 —— “働く環境が創造力を生む”という姿勢がにじみ出ているように思えた。
取材を通じてまず感じたのは、羨ましさだった。
淀屋橋という大阪のビジネス街の中心で、美術館のように洗練されたオフィスで働けること。
ファッション性のあるユニフォームを身にまとえること。
そして、穏やかで落ち着いた空気の中、仲間とともに仕事ができること。
こんな環境なら、毎日をいきいきと過ごしながら働ける。そう思わずにはいられなかった。
取材に応じてくれた西本代表取締役からは、社員が力を発揮できる環境をつくることへの強い思いが伝わってきた。
グローバルの最前線を走り、世界の製造業を支えるJSTの強みのひとつは、働く環境を丁寧に整えることで、社員の潜在力を最大限に引き出している点にあるのかもしれない。
そして、「賢くサボる」という言葉に込められているのは、ただのユーモアではなく、余白や遊びを許容し、社員が自分らしく働ける空気を生み出すというJSTの哲学なのだろう。
「働く環境が創造力を育み、新しい価値を生み出す」
JSTのユニフォームは、さりげなくそう語りかけているように思えた。
